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十訓抄 第七 思慮を専らにすべき事

7の3 白河院は花盛り雪の朝必ず御覧じてもてなさせおはしましけり・・・

校訂本文

白河院は、花盛り、雪の朝、必ず御覧じて、もてなさせおはしましけり。

ある時、雪の夜中ばかりより、かきたれて降りければ、上達部・殿上人、われさきに参りて、見参に入むと急ぎ参りあはれけり。御随身敦季1)、参りて見れば、御車さし寄せて、人々深沓履きて下りあへり。

敦季、思ふやう、「雪は北に深く積もれば、疑ひなく北ざまへぞ、御幸はならむずらむ」と思ひて、小野皇太后宮2)へ、時々参りければ、従者を走らせて、「御幸すでになり候ふ。さだめて北ざまへぞ候はんずらむ」と申したりければ、宮の女房の中に、紅の薄様(うすやう)着たるが、三人候ひけるを、「その衣、せなかより解き分けて、三間に出だせ」と、宮の仰せごとありけるを、女房申すやう、「院、入らせおはしまして、御覧あらんに、見苦しく候ひなん」と申しければ、「雪御覧ぜむに、内へ入らせ給ふこと、さらにあるまじ」と仰せごとありければ、解きて三間に二具づつ出だしたりけり。

ほどなく御幸ならせ給ふ。「雪は北ざまがめでたきなり。小野の方へ」と仰せありければ、殿上人・上達部、うちむれてつかうまつる。「皇太后宮の御方へ」と仰せあれば、人々、つかふまつりて、門外に下り立ちたりければ、御車をばかきはづし、門より引き入れて、中門に御榻立てて、庭ざまを御覧ずるに、寝殿の南面に、紅の打出でを三間に出だされたり。「いかに、かくはまうけられたりけるぞ」と御覧ずるほとに、童の十七八ばかりなるが、縁青に色どりたる折敷(をしき)に、金の御盃すゑて、紺瑠璃の御皿に、銀にて3)したるは餅(もちひ)を盛りたり。葉をば青く色どりて、いま片つ方(かた)は、同じ御皿に柘榴(ざくろ)を盛られたる、右の手に持ちて、左の手に扇(あふぎ)さして、雪の上に汗衫(かざみ)長く引き散らして、階(はし)より下りたる。下(しも)に同様なる童、御銚子に御酒(みき)入れて、また、扇さして続きて、庭の雪に並びて参りて、御車の前より参らすれば、御盃をとりて御酒を入れさせて、少しきこしめして、御盃をば折敷に置かせおはしましぬれば、二人ながら階の上にのぼりぬ。

とばかりあるほどに、裳(も)・唐衣(からぎぬ)着たる女房の、扇さしたる、また階より下りて参る。「いかに」と思へば、松の枝に、なににか、錦に包みたる物つけたるを持ちて、庭の雪の上に、袴踏みちらして、御車へ参る。時しも、淡雪(あはゆき)かきたれ降りて、物語などのやうなり。かの小野の尼4)、「かきくらす野山の雪を」と詠めるを、思ひ出づる人もありけり。

女房、御車へ参りて、もとのやうに帰り上りぬれば、院の御車、引き出で参らせて、帰らせおはしましぬ。「雪は内にて御覧ずるやうはなきぞ5)」と、宮6)、仰せられけるに、たがはざりけり。

この宮は、後冷泉院の后、大二条関白7)の御女(むすめ)なり。入内の夜、院、隠れさせ給ふによりて、やがて尼になりて、小野にこもり居させ給ひて後、かすかなる御ありさまなりけれども、御もてなし優(いう)に、用意深くましましけり。

翻刻

三白河院ハ、花サカリ雪ノ朝必御ラムシテ、モテナサ
  セオハシマシケリ、或時雪ノ夜中ハカリヨリカキタ
  レテ降ケレハ、上達部殿上人、我サキニ参テ見参
  ニ入ムト急キ参リアハレケリ、御随身敦季参テ
  ミレハ、御車サシヨセテ人々深沓ハキテオリアヘリ、
  敦季思フヤウ、雪ハ北ニ深ク積レハ、疑ナク北サマヘソ
  御幸ハナラムスラムト思テ、小野皇太后宮ヘ時々参ケ
  レハ、従者ヲ走セテ御幸ステニナリ候、定テ北サマヘ
  ソ候ハンスラムト申タリケレハ、宮ノ女房ノ中ニ紅ノウ/k115
  スヤウキタルカ三人候ケルヲ、其衣セナカヨリトキワケ
  テ三間ニ出セト宮ノ仰事有ケルヲ、女房申ヤウ、院入
  セオハシマシテ御覧アランニ見苦ク候ナント申ケレハ、雪御
  ランセムニ内ヘ入セ給事更ニアルマシト仰事アリケレハ、
  トキテ三間ニ二具ツツ出シタリケリ、程ナク御幸ナラ
  セ給雪ハ北サマカ目出也小野方ヘト仰有ケレハ、殿
  上人上達部ウチムレテツカフマツル皇太后宮ノ御
  方ヘト仰アレハ、人々ツカフマツリテ、門外ニオリタチ
  タリケレハ、御車ヲハカキハツシ門ヨリ引入テ、中門ニ
  御榻タテテ庭サマヲ御覧スルニ、寝殿ノ南面ニ紅ノ
  打出ヲ三間ニ出サレタリ、何ニカクハマウケラレタリ/k116
  ケルソト御覧スルホトニ、ワラハノ十七八斗ナルカ、縁青ニ
  色トリタル折敷ニ、金ノ御サカツキスヘテ、コンルリノ
  御サラニ、銀テシタルハモチヰヲモリタリ、葉ヲハ青
  ク色トリテ、今カタツカタハ、同御サラニ、サクロヲモ
  ラレタル、右ノ手ニモチテ、左ノ手ニアフキサシテ、雪ノ上
  ニカサミナカクヒキチラシテ、ハシヨリオリタルシモニ
  同様ナルワラハ、御テウシニミキ入テ、又扇サシテツツ
  キテ庭ノ雪ニナラヒテ参テ、御車ノ前ヨリマイ
  ラスレハ、御盃ヲトリテミキヲ入サセテ、スコシ聞食
  テ、御盃ヲハヲシキニヲカセオハシマシヌレハ、フタリ
  ナカラハシノ上ニ登ヌ、トハカリアルホトニ、モカラキ/k117
  ヌキタル女房ノ、アフキサシタル、又橋ヨリオリテ参
  ル、イカニト思ヘハ、松ノ枝ニナニニカ錦ニツツミタル物ツ
  ケタルヲモチテ、庭ノ雪ノ上ニ袴フミチラシテ御車ヘ
  参ル、時シモアハ雪カキタレフリテ、物語ナトノヤウ也、
  彼ヲノノ尼カキクラス野山ノ雪ヲトヨメルヲ、思出ル人モ有
  ケリ、女房御車ヘ参テ、モトノヤウニ帰リノホリヌレハ、
  院ノ御車引出マイラセテ帰ラセオハシマシヌ、雪ハ
  内ニテ御覧スルヤウハキソト宮仰ラレケルニ、タカハ
  サリケリ、此宮ハ後冷泉院后大二条関白ノ御女
  也、入内ノ夜院カクレサセ給ニヨリテ、ヤカテ尼ニナリ
  テ、小野ニコモリヰサセ給テ後カスカナル御有様也ケ/k118
  レトモ御モテナシユフニ用意フカクマシマシケリ、/k119
1)
下毛野敦季
2) , 6)
藤原歓子
3)
「銀にて」は底本「に」なし。諸本により補入
4)
『源氏物語』手習巻の浮舟
5)
「なきぞ」底本、「な」無し。諸本により補入。
7)
藤原教通
text/jikkinsho/s_jikkinsho07-03.txt · 最終更新: 2016/01/30 22:02 by Satoshi Nakagawa
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