text:jikkinsho:s_jikkinsho06-32
十訓抄 第六 忠直を存ずべき事
6の32 ある文にいはく趙柔といふ人路にあふて人の残せるところの金珠・・・
校訂本文
ある文にいはく、
趙柔といふ人、路にあふて、人の残せるところの金珠、一つらぬきを得たり。その値(あたひ)、多くのきぬにあたれりといへども、主を呼びて、返し取らせたりければ、人、これを聞きて、大に敬ひけり。
またいはく、
漢の楊震、東莱の太守として、昌邑といふところを過ぎけるに、その所の司(つかさ)、古意あるによりて、金を忍びやかに震に与ふ。震がいはく、「天も知り、地も知れり。我も知り、人も知る1)」と言ひて、つひに受けず。「四知を恥づ」とはこれなり。おろかなるたぐひは、人の見るばかりを憚りて、天のかがみ給ふことを恥ぢぬなり。はかなく、うたてき心なり。
廉士路辺疑不拾
道家煙裏誤応焼
釈尊、昔、阿難をともなひて、おはしましけるに、人、金を落せりけり。阿難、これを見て、「毒蛇」とのたまふ。仏、また、「大毒蛇」と仰せられて、過ぎさせ給ひにけり。
そのあとに行く人、この金を取れりけるゆゑに、公より責めを蒙りて、おほきに煩ひけり。
「楊震が四知を恥づる」、この意にや。
翻刻
之公任是非ヲ於春叢トカカレタルハ此事歟、或文云、 趙柔ト云人路ニアフテ人ノノコセルトコロノ金珠一ツラ ヌキヲエタリ、其値ヒ多ノキヌニアタレリト云ヘトモ、 主ヲヨヒテ返シ取セタリケレハ、人是ヲキキテ大ニウ ヤマヒケリ、又云、漢ノ楊震東莱ノ大守トシテ昌邑 ト云所ヲスキケルニ、其所ノツカサ古意アルニヨリテ、金 ヲシノヒヤカニ震ニアタフ、震カ云、天モ知地モ知レリ 我モ知ルト云テ、ツヰニウケス、四知ヲ恥トハ是也、ヲロカ/k92
ナル類ハ、人ノミルハカリヲ憚テ、天ノカカミ給事ヲ恥 ヌ也、ハカナクウタテキ心也、菊散聚金ト云題ニテ、紀 納言作レル 廉士路辺疑不拾 道家煙裏誤応焼 釈尊昔阿難ヲトモナヒテオハシマシケルニ、人金ヲ オトセリケリ、阿難是ヲミテ毒蛇トノ給フ、仏又 大毒蛇ト仰ラレテ過サセ給ニケリ、其跡ニ行人此 金ヲトレリケル故ニ、公ヨリ責ヲ蒙テ大ニ煩ケリ、 楊震カ四知ヲ恥ル此意ニヤ、/k93
text/jikkinsho/s_jikkinsho06-32.txt · 最終更新: 2016/01/25 21:38 by Satoshi Nakagawa