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十訓抄 第六 忠直を存ずべき事

6の20 武則公相といふ随身父子ありけり・・・

校訂本文

武則・公相といふ随身父子ありけり。「右近馬場の賭弓(のりゆみ)、悪(わろ)く射たり」とて、子を勘当して、晴(はれ)にて打ちけるに、逃ぐることもなくて打たれければ、見る人、「いかに逃げずして、かくは打たるるぞ」と問ひければ、「もし逃げ退かば、衰老の父、追はんとて、倒(たふ)れなむどしなば、きはめて不便(ふびん)なりぬべければ、かくのごとく、心のゆくかぎり打たるるなり」と申しければ、世の人、「いみじき孝子なり」とて、世のおぼえ、ことのほかなり。聖徳太子、用明1)の杖にしたがはせ給ひけるを、思ひ入りたりけるにや。

孔子、弟子に曽参といひけるは、父の怒りて打ちけるに、逃げずして打たれたりければ、孔子、聞き給ひて、「もし、打ち殺されなば、父の悪名をたてむこと、ゆゆしき不孝なり」といましめめ給ひける。これも理(ことはり)なり。親の体に依るべきにや。

そうじて、父母につかまつるべき道、くはしく『孝経』に見えたり。かの文に、二十二章を分け立てたる終の段をば、「喪親章」と名づけて、喪礼の儀式までしるせり。これを見るべし。なかにも聖教には、「孝養父母、奉事師長」をもて、往生のもととせり。

身体髪膚を父母に受けたる、生の始めなれば、恩徳の最高なること、父母にすぐべからず。およそ、人は、上には忠貞のまことをつくし、下には憐愍の思を深くし、父母・親類には孝行の心を宗(むね)とし、友には争はず、人を軽(かろ)しめす、仁義礼忠信の五常を乱さざる2)を徳とすべし。

翻刻

廿四武則公相ト云フ随身父子アリケリ、右近馬場ノノ
    リユミワロク射タリトテ、子ヲ勘当シテハレニテ打
    ケルニ、逃事モナクテ打レケレハ、ミル人イカニ逃スシテ
    カクハ打ルルソト問ケレハ、若逃退カハ衰老ノ父オハン
    トテタフレナムトシナハ、極テ不便ナリヌヘケレハ、如
    此ノ心ノ行クカキリ打ルル也ト申ケレハ、世人イミシキ
    孝子也トテ世ノオホエ事ノ外ナリ、聖徳太子用明
    ノ杖ニシタカハセ給ケルヲ、思入タリケルニヤ、孔子弟
    子ニ曽参ト云ケルハ、父ノイカリテ打ケルニ、逃スシテ
    打レタリケレハ、孔子聞給テ若打コロサレナハ父ノ悪/k69
    名ヲタテム事ユユシキ不孝ナリト禁メ給ケル、此モ
    理也、オヤノ体ニ可依ニヤ、惣シテ父母ニ仕ツルヘキ
    道委ク孝経ニ見タリ、彼文ニ二十二章ヲ分立タ
    ル終ノ段ヲハ、喪親章ト名テ、喪礼ノ儀式マテ
    注セリ、此ヲ見ヘシ、中ニモ聖教ニハ孝養父母奉
    事師長ヲモテ往生ノモトトセリ、身体髪膚ヲ
    父母ニウケタル生ノ始ナレハ、恩徳ノ最高ナル事父
    母ニスクヘカラス、凡人ハ上ニハ忠貞ノマコトヲツクシ、
    下ニハ憐愍ノ思ヲ深シ、父母親類ニハ孝行ノ心ヲ
    宗トシ、友ニハアラソハス、人ヲカロシメス、仁義礼忠
    信ノ五常ヲ不乱ラ徳トスヘシ、又夫媍ノ中ヲハ忠/k70
1)
用明天皇
2)
「乱さざる」は、底本「不乱ら」。
text/jikkinsho/s_jikkinsho06-20.txt · 最終更新: 2016/01/10 13:34 by Satoshi Nakagawa
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