十訓抄 第五 朋友を撰ぶべき事
5の15 唐土に陶の答子といふ者ありけり・・・
校訂本文
唐土(もろこし)に陶の答子といふ者ありけり。一・二年の内に家、大きに富み栄えたり。
その妻、みどり子を抱(いだ)きて泣き悲しめり。姑(しうとめ)、大きに怒りて、これをとどむるに、妻、答へていはく、「われ、能なくして官あるを『嬰啄』とす。功なくして富めるを『積殃』といふ。楚の令、叔敖、家、貧しくして、国富めりし。福、子孫に継ぎ、名を後代にあらはしき。今、答子、能なく功なくして、富み栄えたること、後害をかへりみざるべし。われ聞く、南山に玄豹あり。七日、雨露に隠れて、おのが衣毛しをれんことを惜しみて、あへて食物を求むる心を忘れたり。このゆゑにや、居ながら害をのがる。犬彘にいたりては、ひとへに食物をのみ思ふゆゑに、害を待つなり。これすなはち答子に似たり。このゆゑに泣くぞ」と答へける。
答子、つひに害にあひにけり。
かやうの妻にともなへらん男は、さりとも頼もし。
翻刻
十四モロコシニ陶ノ答子ト云者有ケリ、一二年ノ内ニ家
大ニ冨サカヘタリ、其妻ミトリコヲイタキテ
泣悲メリ、姑メ大ニ怒テ此ヲ留ルニ、妻答云ワ
レ能無シテ官アルヲ嬰啄トス、功無シテ冨
ルヲ積殃ト云、楚令叔敖家貧シテ国冨リ/k21
シ福子孫ニ継キ名ヲ後代ニアラハシキ、今答
子無能無功シテ冨栄タル事後害ヲカヘリミ
サルヘシ、我聞ク南山ニ玄豹アリ七日雨露ニカ
クレテ、オノカ衣毛シホレン事ヲ惜テ、敢テ食
物ヲ求ル心ヲ忘タリ、此ノ故ニヤ居ナカラ害ヲ
ノカル犬彘ニイタリテハ偏ニ食物ヲノミ思故ニ、
害ヲ待ナリ、此即答子ニ似タリ、是故ニナク
ソト答ケル、答子遂ニ害ニアヒニケリ、カヤウノ妻ニ
伴ナヘラン男ハ、サリトモタノモシ、/k22