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十訓抄 第三 人倫を侮らざる事

3の3 二条よりは南京極よりは東は菅三位の亭なり・・・

校訂本文

二条よりは南、京極よりは東は菅三位1)の亭なり。三位失せて後、年ごろ経て、月の明き夜、さるべき人々、旧(ふる)き跡を忍びて、かしこに集まりて、月を見て遊ぶことありけり。

終りがたに、ある人、

  月はのぼる百尺楼

と誦(ず)しけるに、人々、声を加へてたびたびになるに、あばれたる中門を、かくれなる蓬(よもぎ)の中に、老たる尼の、よにあやしげなるが、露にそぼちつつ、終夜(よもすがら)居りけるが、「今夜の御遊、いといとめでたくて、涙も止り侍らぬに、この詩こそ、及ばぬ耳にも『僻事(ひがごと)を詠じおはしますかな』と聞き侍れ」と言ふ。人々笑ひて、「興ある尼かな。いづくの悪きぞ」と言へば、「さらなり。さぞ思すらむ。されど、思ひ給ふるは、月はなじかは楼にはのぼるべき。『月にはのぼる』とぞ、故三位殿は詠じ給ひし。おのれは御物張りにて、おのづから承りしなり」と言ひければ、恥ぢてみな立ちにけり。

これは、すすみて人を侮(あなづ)るにはあらねども、思はぬほかのことなり。これらまでも心すべきにや。「薮(やぶ)にかうの者」といへる、児・女子2)が喩へ、むねを違へざりけり。

翻刻

二条ヨリハ南京極ヨリハ東ハ菅三位ノ亭也、三位ウ
セテ後、年来経テ月ノアカキ夜、サルヘキ人々旧キ跡
ヲ忍テ、彼コニ集テ月ヲミテアソフ事有ケリ、
オハリカタニ或人月ハノホル百尺楼ト誦シケルニ、人々
音ヲ加ヘテタヒタヒニナルニ、アハレタル中門ヲカクレナ
ル蓬ノ中ニ老タル尼ノ、ヨニアヤシケナルカ、露ニソホチ
ツツ終宵オリケルカ、今夜ノ御遊イトイト目出テ涙
モトマリ侍ヌニ、此詩コソ及ハヌ耳ニモ僻事ヲ詠シオ
ハシマスカナト聞侍レト云、人々咲ヒテ興アル尼カナ、イツ
クノワロキソト云ヘハ、サラナリサソオホスラムサレト思給/k115
ハ月ハナシカハ楼ニハノホルヘキ、月ニハノホルトソ故三位
殿ハ詠シ給シ、ヲノレハ御物ハリニテヲノツカラ承シ也ト
云ケレハ、恥テ皆立ニケリ、是ハススミテ人ヲアナツル
ニハアラネトモ、思ハヌ外ノ事ナリ、此等マテモ心スヘキニ
ヤ、ヤフニカウノ者ト云ル児女士カタトヘムネヲタカヘサ
リケリ、/k116
1)
菅原文時
2)
底本「女士」。諸本により訂正。
text/jikkinsho/s_jikkinsho03-03.txt · 最終更新: 2015/10/15 23:30 by Satoshi Nakagawa
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