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十訓抄 第一 人に恵を施すべき事

1の43 土佐判官代道清といふ者ありけり・・・

校訂本文

土佐判官代道清1)といふ者ありけり。源氏・狭衣たてぬきに覚え、歌詠み連歌を好みて、花の下(もと)、月の前、数寄(すき)歩(あり)きけり。色好みにて、さるべき宮原の女房、知らぬなく、たたずみ歩きけり。

東山の、ある宮原の女房にいひかかりて、文(ふみ)しきりにやり、身も度々(たびたび)行きけれども、いとはしたなくもてなして、「御前に暇(いとま)のふたがりて」など言ひて過ぎけり。

八月中の十日のほどに、行きて尋ぬるに、萩の唐衣にや、青ばみたる物着たる女官さし寄りて、「『申せ』と候ふは、かく度々もの仰せたべども、みづから申さぬこと、心得ず思はせ給ふらむ。尋常は暇なくて、御前に立ち去りがたきことの侍り。御風の気の煩はしきほどにて、御焼石なと参らすとて、暇なく候ふぞ」と言はせたれば、「まことに、折節心なきやうに侍れど、立ちながら申すずや」と言ひけり。

この度、無下(むげ)に久しく帰らねば、「いかで」と車のかくれに立ち煩ひて待つほどに、女官出で来て、「いづくにぞ」と言ふ。何となく胸うちさはぎて、「ここに」と言へば、女官、少し笑みたる声にて、「『申せ』と候ふ」と言へば、心さはぎして、「いかに言はんずらむ」と歩み寄りて聞けば、「かく、心の外に暇なきことのみ候へば、『これもしかるべきにや』と思え候へども、かく度々になりぬるに、申さねば、『ただうちあるやうに思はせ給ふらむ』とよにわびしく候へば、立ちながら申さむ」と言ふに、胸さはぎて、「いづくへ参るべきぞ」と言へば、「『御堂の方へ申さむ』とこそ仰せられつれ」と言ふに、日ごろのつらさもみな忘れて、まことにうれしく思えて、南の山ぎはの木陰につきて、女官が行くにしたがひて入れば、遣水(やりみづ)心細く音なひたり。萩・女郎花、風になびきて、松虫の声、ところどころ聞こゆるを分け入るほど、何となく心細くてあはれなり。

御堂は、うるはしきさまにはあらで、西の方に廊の広廂(ひろびさし)あり。堂内に忍びやかに「我心自空 罪福無主」とぞ言ふめる。内に御明し灯(とも)して、格子の上を一間あけたるより見れば、小さき普賢菩薩、雲に乗りて、柱にそひ給へり。御前に、僧一人、脇息2)によりかかりて居たり。「これが誦しけるよ」と見て、過ぐるほどに、二三間ばかりのきて、御簾少し絶え間あり。「そこに」と言へば、そのわきに立ち忍びたれば、奥より、いたくつつみたる気色にあらで、畳をそよそよと踏みて人、来なり。何となく心さはぎせらるるに、「いづら」と言ふ声、華やかに朗らかなり。

これを聞くに、思はずにて、「かやうなることは、つつみ忍びたる習ひなるを、かくあるこそ、いかにや」と、胸つぶれて、妻戸のわきより、「ここに」と言へば、「内へ入り給へ」と言ふ。

やをら入りて見れば、御簾の絶え間より、月の光くまなくてさし入りたるに、いとつつみたるさまもせず、女房の寄り来て、うらうへの膝をつきて、つい居て、「御前の御風の気の、日ごろよりも、この二三日は、ことにむつかしくおはしませば、局へだにも立ち入ることもなくて、かく度々になりたるを、『情なき方にや思はせ給ふらむ』とて、きと、『立ちながらと』思ひて参りつるなり」と言ひ果つるや遅き、袴の腰を解く。

「こは、いかにや」とあきれて見るに、袴を押しやりて、居寄りて、ことの外に馴れ顔に、「す」はとて、かくれなくうち開けたり。道清、ものも思えず、うちまかせては男のすすむ習ひにてあるに、かやうなれば、いかにすべしとも思えず、「さりとては」と思ひて、装束をぬけ出でたりけれど、いみじく臆しにければ、はかばかしくも振舞はず、させることなくてやみぬ。

女房、「あなむつかしや」と言ひて、袴を着て奥の方へ入るが、中障子引き立てて、掛け金うちかけて、またいふことなかりけり。「もしや」と待ちけれど、夜ただうち更けに更けぬれば、かくてあるべきやうもなければ、装束をいだきて逃げにけり。うしろ恥しく、あさましともおろかなり。

所の景気にも似ざりつる女房、振舞もさることにて、色好みだつるほどの男のありやうとも思えず。いと不覚なり。

この道清、ある春のころ、後徳大寺左大臣3)、使を遣りて、「大内の花見むずるに、必ず」といざなはれければ、「うれしきこと」と思ひて、破れ車に乗りてゆくほどに、車二三両にて人の来れば、疑ひなく、「この左大臣のおはするぞ」と思て、尻のすだれをかき上げて、扇を開きて招きけり。はや、関白殿、ものへおはしけるなり。これを見て、御随身、馬を早め寄せて、車の尻のすだれをやり落しけり。道清、前よりころび落ちて、走りけるほどに、烏帽子落ちにけり。数寄ぬる者はかく、嗚呼(をこ)の気のすすむにや。

翻刻

土佐判官代道清ト云者アリケリ、源氏狭衣タテヌキ
ニ覚エ、哥ヨミ連哥ヲ好テ花ノモト月ノ前スキ
アリキケリ色好ニテ然ヘキ宮原ノ女房シラヌナ/k79
ク立スミアリキケリ、東山ノ或宮原ノ女房ニイヒカ
カリテ、フミ頻ニヤリ身モ度々ユキケレトモ、イトハシタ
ナクモテナシテ御前ニイトマノフタカリテナト云テ
過ケリ、八月中ノ十日ノ程ニユキテ尋ニ萩ノカラ衣ニ
ヤアヲハミタル物着タル女官サシヨリテ申セト候ハカ
ク度々物仰タヘトモ、ミツカラ申ヌ事心エス思セ給
ラム、尋常ハ暇ナクテ御前ニタチサリカタキ事ノ
侍リ御風ノ気ノ煩シキ程ニテ、御ヤキ石ナト参
ラストテ、ヒマナク候ソト云セタレハ、誠ニ折節心ナキ
様ニ侍レト、立ナカラ申ソヤト云ケリ、此度無下ニ久/k80
ク帰ラネハ、イカテト車ノカクレニ立煩テ待程ニ、女
官出キテイツクニソト云フ、何トナク胸ウチサハキテ
ココニトイヘハ、女官少シエミタル声ニテ申セト候トイヘ
ハ、心サハキシテイカニイハンスラムト歩ミヨリテ聞ケ
ハカク心ノ外ニ暇ナキ事ノミ候ヘハ、是モシカルヘキニ
ヤトオホエ候ヘトモ、カク度々ニ成ヌルニ申サネハタタウ
チアルヤウニ思ハセ給ラムトヨニ侘シク候ヘハ、立ナカラ
申サムト云ニ、胸サハキテイツクヘ参ルヘキソトイヘ
ハ、御堂ノ方ヘ申サムトコソ仰ラレツレト云ニ、日来ノツ
ラサモ皆忘テ実ニウレシク覚テ、南ノ山キハノ木陰ニ/k81
ツキテ女官カユクニ随テ入ハ、遣水心ホソク音ナヒタリ
萩女郎花風ニナヒキテ、松虫ノコヱ所々聞ルヲ分入程
何トナク心ホソクテ哀也、御堂ハウルハシキサマニハアラ
テ、西ノ方ニ廊ノヒロヒサシアリ堂内ニ忍ヤカニ我心自
空罪福無主トソ云メル、内ニ御明トモシテ格子ノ上ヲ
一間アケタルヨリ見ハ少キ普賢菩薩雲ニ乗テ柱
ニソヒ給ヘリ御前ニ僧一人脇足ニ倚懸テ居タリ、
コレカ誦シケルヨト見テ過ルホトニ、二三間許ノキテ
御ス少シ絶間アリ、ソコニトイヘハ其腋ニ立忍ヒタレハ、奥
ヨリイタクツツミタル気色ニアラテ、畳ヲソヨソヨト踏/k82
テ人クナリ、何トナク心サハキセラルルニ、イツラト云フ声
ハナヤカニホカラカナリ、是ヲ聞ニ思ハスニテ加様ナル事ハ
ツツミ忍タル習ナルヲ、カクアルコソイカニヤト胸ツフ
レテ、妻戸ノ腋ヨリココニトイヘハ、内ヘ入給ヘト云フ、ヤ
ヲラ入テ見レハ、御スノ絶間ヨリ月ノ光クマナクテ指
入タルニ、イトツツミタルサマモセス女房ノヨリキテウ
ラウヘノ膝ヲツキテツヰ居テ、御前ノ御風ノ気ノ、
日来ヨリモ此二三日ハコトニムツカシクオハシマセハ局ヘ
タニモ立入事モナクテ、カクタヒタヒニ成タルヲ、情ナ
キ方ニヤ思ハセ給ラムトテキト立ナカラト思テ参/k83
ツルナリト、云ハツルヤオソキ袴ノ腰ヲトク、コハイカ
ニヤトアキレテ見ニ、袴ヲヲシ遣テ居ヨリテ、事ノ外
ニナレカホニ、スハトテカクレナクウチアケタリ、道清
モノモオホエス、ウチマカセテハ男ノススム習ニテ有ニ、
カヤウナレハ、イカニスヘシトモ覚エス、サリトテハト思テ
装束ヲヌケ出タリケレトイミシク臆シニケレハ、ハカハカ
シクモ振舞ハス、サセル事ナクテヤミヌ、女房アナム
ツカシヤト云テ、袴ヲキテ奥ノ方ヘ入カ、中障子引
立テカケカネウチカケテ、又云事ナカリケリ、モ
シヤト待ケレト夜タタウチフケニフケヌレハ、カクテ有ヘ/k84
キヤウモナケレハ、装束ヲイタキテニケニケリ、ウシ
ロハツカシクアサマシトモオロカナリ、所ノ景気ニモ似サ
リツル女房振舞モサル事ニテ、色好タツルホトノ
男ノアリヤウトモ覚エス、イト不覚ナリ、此道清或春
ノ比後徳大寺左大臣使ヲ遣リテ大内ノ花ミムスルニ必
トイサナハレケレハ、ウレシキ事ト思テ破レ車ニ乗
テユク程ニ車二三両ニテ人ノクレハ、疑ナク此左大臣
ノオハスルソト思テ、尻ノスタレヲカキアケテ扇ヲ開
キテマネキケリ、ハヤ関白殿物ヘオハシケルナリ、是ヲ
見テ御随身馬ヲハヤメヨセテ、車ノ尻ノスタレヲヤ/k85
リオトシケリ、道清前ヨリコロヒオチテ走ケルホトニ、
烏帽子落ニケリ、数寄ヌル者ハカク嗚呼ノ気ノスス
ムニヤ、/k86
1)
源道清か?
2)
底本「脇足」
3)
藤原実定
text/jikkinsho/s_jikkinsho01-43.txt · 最終更新: 2015/09/26 21:51 by Satoshi Nakagawa
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