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発心集

第二第9話(21) 助重、一声念仏に依つて往生の事

校訂本文

承久のころ、前滝口助重といふ者ありけり。近江国蒲生の郡の人なり。

盗人に会ひて、射殺されける間に、その矢の背中に当る時、声を上げて、「南無阿弥陀仏」と、ただ一声申して死しぬ。その声、高く、隣の里に聞こえけり。

人来て、これを見ければ、西に向ひて、居ながら眼を閉ぢてなむありけり。

時に、入道寂因といふ者ありけり。助重があひ知れる者なれど、家近からねば、このことを知らず。その夜の夢に見るやう、広き野を行くに、かたはらに死人あり。僧、多く集りて言ふ、「ここに往生人あり。なんぢ、これを見るべし」と言ふ。行きて見れば、「助重なりけり」と見て、夢覚めぬ。「あやし」と思ふほどに、朝(あした)に、助重が使ふ童来たつて、この由(よし)を告げけり。

また、ある僧、近江国を修行しけり。夢の内に、人告ぐるやう、「今、往生人あり。行きて縁を結ぶべし」と言ふ。その所、助重が家なりけり。月日、またたがはずありけり。

かの僧正1)の年来の行徳、助重が一声の 念仏のほかの事なれど、かれは悪道に留まり、これは浄土に生まる。ここに知んぬ、凡夫の愚かなる心にて、人の徳ほど、計りがたきことなり。

翻刻

  助重依一声念仏往生事
承久ノ比前瀧口助重ト云物アリケリ。近江国蒲
生ノ郡ノ人也。盗人ニアヒテ射コロサレケル間ニ其
箭ノ背ニアタル時声ヲアケテ南無阿弥陀仏トタタ
一声申テ死シヌ。其声高トナリノ里ニ聞ケリ。人来テ
是ヲ見ケレバ。西ニ向テ居ナカラ眼ヲトヂテナム有
ケリ。時ニ入道寂因ト云者アリケリ。助重カ相知
ル者ナレド家近カラネバ此事ヲ知ス。其夜ノ夢ニ
見ル様広野ヲ行ニ傍ニ死人アリ。僧多ク集テ云/n22r
ココニ往生人アリ。汝此ヲ見ルベシト云フ。行テ見レハ助
重也ケリト見テ夢サメヌ。アヤシト思ホドニ朝ニ助重カ
ツカフ童来テ此由ヲツゲケリ。又或僧近江国ヲ修
行シケリ。夢ノ内ニ人ツグル様今往生人アリ行テ
縁ヲムスブベシト云其所助重ガ家也ケリ。月日又タカ
ハズ有ケリ。彼僧正ノ年来ノ行徳助重カ一声ノ
念仏ノ外ノ事ナレト。彼ハ悪道ニ留リ。此ハ浄土ニ
生ル。爰知ヌ凡夫ノ愚ナル心ニテ人ノ徳程計リ
難キ事也/n22l
1)
前話の鳥羽僧正をさす。
text/hosshinju/h_hosshinju2-09.txt · 最終更新: 2017/04/22 23:56 by Satoshi Nakagawa
CC Attribution-Share Alike 4.0 International
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