text:chomonju:s_chomonju708
古今著聞集 魚虫禽獣第三十
708 安貞のころ伊予国矢野保のうちに黒島といふ島あり・・・
校訂本文
安貞のころ、伊予国矢野保のうちに、黒島といふ島あり。人里より一里ばかり離れたる所なり。かしこに、「かつらはざまの大工」といふ網人(あみびと)あり。「魚を引かむ」とて、うかがひ歩(あり)きけるに、魚のある所夜光りて見ゆるに、かの島のほとりの磯ごとに、おびたたしく光りければ、喜びて網を下ろして引きたりけるに、魚はつやつやなくて、そこばくの鼠を引き上げて侍りけり。その鼠、引き上げられて、みなちりぢりに逃げ失せにけり。大工、あきれてぞありける。不思議のことなり。
すべてかの島には、鼠満ち満ちて、畠の物などをもみな食ひ失なひて、当時までもえ作りえ侍らぬとかや。陸(くが)にこそあらめ、海の底まで鼠の侍らんこと、まことに不思議にこそ侍れ。
翻刻
安貞の比伊与国矢野保のうちに黒嶋といふしま あり人里より一里はかりはなれたる所なりかし こにかつらはさまの大工といふあみ人あり魚をひか むとてうかかひありきけるに魚のある所夜るひか/s550l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/550
りてみゆるに彼嶋のほとりの磯ことにをひたた しくひかりけれはよろこひてあみをおろして引たり けるに魚はつやつやなくてそこはくのねすみを引 あけて侍けりそのねすみひきあけられてみな ちりちりににけうせにけり大工あきれてそありける ふしきの事也すへて彼嶋にはねすみみちみち て畠の物なとをもみなくひうしなひて当時ま てもえつくりえ侍らぬとかやくかにこそあらめ海の 底まてねすみの侍らん事まことにふしきに こそ侍れ/s551r
text/chomonju/s_chomonju708.txt · 最終更新: 2021/01/26 18:34 by Satoshi Nakagawa