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text:chomonju:s_chomonju678

古今著聞集 魚虫禽獣第三十

678 一条院の御時御秘蔵の鷹ありけり・・・

校訂本文

一条院1)の御時、御秘蔵の鷹ありけり。ただし、いかにも鳥を捕らざりけり。御鷹飼ども、面々にとりかひけれども、すべて鳥に目をだにかけざりければ、しかねて件(くだん)の鷹を粟田口十禅師の辻に繋ぎて、行人に見せられけり。

「もし、おのづから言ふことやある」とて、人を付けられたりけるに、ただの直垂上下(ひたたれかみしも)に編笠(あみがさ)着たる2)のぼり人(うど)、馬より下りて、この鷹を立ち廻り立ち廻り見て、「あはれ、逸物(いちもつ)や。上なきものなり。ただし、いまだとりかはれぬ鷹なれば、鳥をばよも捕らじ」と言ひて過ぐる者ありけり。

その時、御鷹飼出でて、かの行人に会ひて、「ただ今のたまはせつること、少しもたがはず。これは御門の御鷹なり。しかるべくは、とりかひて叡感にあづかり給へ」と言へば、この主(ぬし)、「とりかはんこと、いとやすきことなり。われならでは、この御鷹とりかひぬべき人覚えず」と言へば、「いと希有のことなり。すみやかにこのよし叡聞に入るべし」とて、宿(やど)詳しく尋ね聞きて、御鷹すゑて参りて、このよし奏聞しければ、叡感ありて、すなはち件の男召されて、御鷹を給はせけり。すゑてまかり出でて、よくとりかひて参りたり。

南庭の池の汀に候ひて、叡覧にそなへけるに、出御の後、池に砂子(すなご)を撒きければ、魚集まり浮びたりけるに、鷹はやりければ、合はせてけり。すなはち大きなる鯉を取りて上がりたりければ、やがてとりかひてけり。御門より始めて、怪しみ目を驚かして、そのゆゑを召し問はれければ、「この御鷹は鶚(みさご)腹の鷹にて候ふ。まづ必ず母が振舞をして、後に父の芸をばつかうまつり候ふを、人そのゆゑを知り候はで、今まで鳥を捕ら候はぬなり。この後は一つもよも逃がし候はじ。究竟(くつきやう)の逸物にて候ふなり」と申しければ、叡感はなはだしくて、「所望何事かある。申さむにしたがふべき」よし、仰せ下されければ、信濃国ひぢの郡に屋敷・田園などをぞ申さけける。ひぢの検校豊平とはこれがことなり。大番役に上(のぼ)りける時のことなり。

翻刻

一条院御時御秘蔵の鷹ありけり但いかにもとりを
とらさりけり御鷹飼とも面々にとりかひけれとも
すへて鳥に目をたにかけさりけれはしかねて件鷹
を粟田口十禅師の辻につなきて行人に見せら
れけりもしをのつからいふ事やあるとて人をつけられ/s529r
たりけるにたたの直垂上下にあみ笠きたりのほ
りうと馬よりおりてこの鷹を立廻立廻みてあはれ
逸物や上なきものなりたたしいまたとりかはれぬ
鷹なれは鳥をはよもとらしといひてすくるものあ
りけり其時御鷹飼いてて彼行人にあひて只今の
たまはせつる事すこしもたかはすこれは御門の御
鷹也しかるへくはとりかひて叡感にあつかり給へと
いへはこのぬしとりかはん事いとやすき事なり
われならては此御鷹とりかひぬへき人おほえすと
いへはいと希有の事也すみやかにこのよし叡
聞にいるへしとてやとくはしく尋ききて御

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/529

鷹すゑてまいりてこのよし奏聞しけれは叡
感ありて則件男めされて御鷹をたま
はせけりすゑてまかり出てよくとりかひて
まいりたり南庭の池の汀に候て叡覧にそ
なへけるに出御の後池にすなこをまきけれ
は魚あつまりうかひたりけるに鷹はやりけれ
はあはせてけり則大なる鯉を取てあかりたり
けれはやかてとりかひてけり御門よりはしめてあやし
み目を驚かしてその故をめしとはれけれは此御
鷹はみさこ腹の鷹にて候先かならす母か振舞をし
て後に父の藝をはつかうまつり候を人そのゆへをしり/s530r
候はていままて鳥をとらせ候はぬなりこののちは一も
よもにかし候はし究竟の逸物にて候也と申けれ
は叡感はなはたしくて所望何事かある申さむ
にしたかふへき由仰下されけれは信濃国ひちの
郡に屋敷田園なとをそ申さけけるひちの検校
豊平とはこれか事なり大番役にのほりけると
きの事なり/s530l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/530

1)
一条天皇
2)
「着たる」は底本「きたり」。諸本により訂正。
text/chomonju/s_chomonju678.txt · 最終更新: 2021/01/14 02:23 by Satoshi Nakagawa