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text:chomonju:s_chomonju603

古今著聞集 変化第二十七

603 水無瀬山の奥に古き池あり水鳥多くゐたり・・・

校訂本文

水無瀬山の奥に古き池あり。水鳥多くゐたり。件(くだん)の鳥を人捕らんとしければ、この池に人取りありて、多く人死にけり。源右馬允仲隆1)・薩摩守仲俊2)・新右馬助仲康3)、この兄弟三人、院4)の上北面にて水無瀬殿に祗候(しこう)のころ、おのおの相議して、「かの水鳥捕らん」とて、もち縄の具など用意して、行き向かはんとするを、ある人いさめて、「その池には昔より人取りありて、多く取られぬ。はなはだ向かふべからず」と言ひければ、「まことに無益のことなり」とて、とどまりぬ。

その中に仲俊一人思ふやう、「さるとても、人に言ひ脅されて、させる見たることもなきに、とどまるべきかは。けぎたなき5)ことなり。われ一人行きて見む」とて、小冠(こくわん)一人に弓矢持たせて、わが身は太刀ばかりうちかけて、暗夜にて道も見えねど、知らぬ山中をたどるたどる、件(くだん)の池のはたに行き着きてけり。

松の池へおひかかりたるがありけるもとにゐて、待つ所に、夜更くるほどに、池の面(おもて)振動して、波ゆはめきて、恐しきことかぎりなし。弓矢うちはげて待つに、しばしばかりありて、池の中光りて、その体は見えねども6)、仲俊がゐたる所の松の上に飛び移りけり。弓を引かんとすれば、池へ飛び返り。矢をさし外せば、またもとのごとく松へ移りけり。かくすること、たびたびになりければ、「この物、射とめむことはかなはじ」と思ひて、弓をうち置きて、太刀を抜きて待つ所に、また松に移りて、やがて仲俊がゐたるそばへ来たりけり。

始めは、ただ光ものとこそ見つるに、近付きたるを見れば、光の中に年寄りたる姥(うば)の、ゑみゑみとしたる形を現はして見えけり。「抜きたる太刀にて切らん」と思ふに、むげに間近かきをよく見れば、物がら安平(あんぺい)に覚えければ、太刀うち捨てて、むずと取らへてけり。取られて池へ引き入れんとしけれど、松の根を強く踏みはりて、引き入れられず。しばしからかひて、腰刀を抜きてさしあてければ、刺されては力7)も弱り、光も失せぬ。

毛むくむくとあるもの刺し殺されてあり。見れば、狸なりけり。これを取りて、その後御所へ参りて、局へ行きて寝ぬ。

夜明けて、仲隆等きて、「夜前、一人高名せんとて行きし、いかほどのことしたるぞ」とて見ければ、「すは見給へ」とて、古狸を投げ出だしたりけり。「かなしくせられたり」とて、見あさみけるとなん。

翻刻

水無瀬山のおくにふるき池あり水鳥おほく居たり/s474l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/474

件鳥を人とらんとしけれはこの池に人とりありておほ
く人死けり源右馬允仲隆薩摩守仲俊新右馬助
仲康この兄弟三人院の上北面にて水無瀬殿に
祗候の比各相議してかの水鳥とらんとてもちなはの
具なと用意して行むかはんとするを或人いさめて
その池には昔より人とりありておほくとられぬはな
はたむかふへからすといひけれはまことに無益の事也とて
ととまりぬ其中に仲俊一人おもふやうさるとても人に
いひをとされてさせるみたる事もなきにととまる
へきかはけきうなきことなりわれひとりゆきて
見むとて小冠一人に弓矢もたせて我身は太刀はかり/s475r
うちかけて暗夜にて道も見えねとしらぬ山中をた
とるたとる件の池のはたに行つきてけり松の池へおい
かかりたるかありけるもとにゐてまつ所に夜ふくる程に
池のおもて振動して浪ゆはめきておそろしきこと
かきりなし弓矢うちはけてまつにしはしはかりあり
て池の中ひかりて其体はみえぬとも仲俊かゐたる
所の松のうへにとひうつりけり弓をひかんとすれは池へと
ひかへり矢をさしはつせは又もとのことく松へうつりけり
かくする事たひたひになりけれはこの物射とめむ
事はかなはしと思て弓をうちをきて太刀をぬきて
まつ所に又松にうつりてやかて仲俊かゐたるそはへ/s475l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/475

きたりけりはしめはたた光ものとこそ見つるにちか
つきたるをみれは光の中にとしよりたるうはのゑみゑみと
したる形をあらはしてみえけりぬきたる太刀にて
きらんと思ふにむけにまちかきをよくみれは物から
あんへいにおほえけれは太刀うちすててむすととらへ
てけりとられて池へ引いれんとしけれと松の根を
つよくふみはりてひき入られすしはしからかいて腰刀を
抜てさしあてけれはさされては刀もよはり光
もうせぬ毛むくむくとある物さしころされてありみれは
狸なりけりこれをとりてそののち御所へまいり
て局へ行てねぬ夜あけて仲隆等きて夜前/s476r
ひとり高名せんとて行しいかほとの事したる
そとて見けれはすは見給へとて古狸をなけ出し
たりけりかなしくせられたりとて見あさみけるとなん/s476l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/476

1)
源仲隆
2)
源仲俊
3)
源仲康
4)
後鳥羽上皇
5)
「けぎたなき」は底本「けきうなき」。諸本により訂正。
6)
「見えねども」は底本「みえぬとも」。諸本により訂正。
7)
「力」は底本「刀」。諸本により訂正。
text/chomonju/s_chomonju603.txt · 最終更新: 2020/11/14 23:07 by Satoshi Nakagawa