text:chomonju:s_chomonju602
古今著聞集 変化第二十七
602 後鳥羽院の御時八条殿に女院わたらせ給ひけるころ・・・
校訂本文
後鳥羽院1)の御時、八条殿に女院2)わたらせ給ひけるころ、かの御所に化物あるよし聞こえければ、院、御所より庄田若狭前司頼度3)がいまだ六位なりけるを召して、「件(くだん)の化物、見あらはして参れ」と仰せられて、かの御所へ参らせられにけり。
頼度、すなはち八条殿に参りて、寝殿の狐戸(きつねど)に入りて待ちけり。六ヶ夜まで待ちたりけれども、あへて怪しきことなし。御所様にも、そのほどはさせることなかりけり。七日にあたる夜、待ちかねて、ちとまどろみたりけるに、土器(かはらけ)の割れをもて、頼度が上にはらはらと投げかけけり。この時座直りて、「物はありけり」と思ひて待ちゐたるに、またさきのごとく、はらはらとまきかけけり。されど、目に見ゆる物はなし。
しばしばかりありて、頼度が上を黒き物の、つくさきやうなるが走り越えけるを、下よりむずと捕りとどめてけり。見れば、古き狸の毛もなきにてぞ侍りける。へし伏せて、指貫の括(くくり)を抜きて縛りて、生きながら院の御所へ率て参りたりければ、御感のあまり御太刀一腰・宿衣(とのゐぎぬ)一領を賜はせけり。
その後は、かの御所に化物なかりけり。
翻刻
後鳥羽院御時八条殿に女院わたらせ給ける比かの御 所にはけものあるよしきこえけれは院御所より庄田 若狭前司頼度かいまた六位なりけるをめして件 はけ物見あらはしてまいれとおほせられてかの御所へ まいらせられにけり頼度すなはち八条殿にまいりて 寝殿のきつねとに入てまちけり六ヶ夜まてまちたり けれともあへてあやしきことなし御所様にもそのほとは させる事なかりけり七日にあたる夜待かねてちとまと/s474r
ろみたりけるにかはらけのわれをもて頼度かうへ にはらはらとなけかけけり此時座なをりて物はありけりと 思てまちいたるに又さきのことくはらはらと蒔かけ けりされと目にみゆる物はなししはしはかりありて頼 度かうへをくろき物のつくさきやうなるか走越けるを 下よりむすととりととめてけりみれはふるき狸の毛も なきにてそ侍けるへしふせて指貫のくくりをぬきて しはりていきなから院の御所へいてまいりたりけれは 御感のあまり御太刀一腰宿衣一領をたまはせけり そののちは彼御所にはけものなかりけり/s474l
text/chomonju/s_chomonju602.txt · 最終更新: 2020/11/14 14:36 by Satoshi Nakagawa