text:chomonju:s_chomonju349
古今著聞集 弓箭第十三
349 このむつるの兵衛尉懸矢をはがすとてたうの羽を求めけるが・・・
校訂本文
このむつる1)の兵衛尉、懸矢(かけや)をはがすとて、たう2)の羽を求めけるが、足らざりければ、郎等どもに、「もしや持ちたる」と尋ねければ、上六大夫といふ弓の上手聞きて、「この辺にたうやはみ候ふ。見よ」と言ひければ、下人、立ち出でて見て、「ただ今、川より北の田には見候ふ」と言ふを聞きて、すなはち弓矢を取りて出でたるに、たう立ちて南へ飛びけるを、上六、矢をはげてさうなくも射ず、「いづれかはこがれたる」と言ひければ、「しりに飛ぶを3)こがれたる」と言ふを聞きて、なほも急がず、遥かに遠くなりて、川の南の岸の上飛ぶほどになりにける時、よく引きて放ちたるに、あやまたず射落してけり。
むつる、感興のあまり、不審をいたして問ひけるは、「など近かりつるをば射ざりつるぞ。遥かには遠くなしては射るぞ。心得ず」と尋ねければ、「そのこと候ふ。近かりつるを射落したらば、川に落ちて、その羽濡れ侍りなむ。向ひの地につきて射落したればこそ、かく羽は損ぜね」とぞ言ひける。
心にまかせたるほど、まことにゆゆしかりける上手なり。
翻刻
此むつるの兵衛尉懸矢をはかすとてたうの羽を もとめけるか不足けれは郎等共にもしや持たると 尋けれは上六大夫と云弓の上手聞て此辺にたう やはみ候見よといひけれは下人立出て見て只今河 より北の田にはみ候といふを聞て則弓矢を取て 出たるにたう立て南へ飛けるを上六矢をはけて 左右なくも射すいつれかはこかれたるといひけれは しりに飛こかれたるといふを聞てなをもいそか すはるかに遠く成て河の南の岸のうへ飛程に なりにける時よく引てはなちたるにあやまたす 射落してけりむつる感興のあまり不審をいた/s257r
して問けるはなと近かりつるをはいさりつるそはる かには遠くなしてはいるそ心得すと尋けれはその 事候近かりつるを射落したらは河に落て其羽 ぬれ侍りなむ向の地に付ていおとしたれはこそかく 羽は損せねとそいひける心にまかせたる程誠にゆゆ しかりける上手也/s257l
text/chomonju/s_chomonju349.txt · 最終更新: 2020/04/29 12:54 by Satoshi Nakagawa