text:chomonju:s_chomonju287
古今著聞集 能書第八
287 大内十二門の額南面三門は弘法大師西面三門は大内記小野美材・・・
校訂本文
大内十二門の額、南面三門は弘法大師1)、西面三門は大内記小野美材、北面三門は但馬守橘逸勢、おのおの勅を承りて、垂露(すいろ)の点を下しけり。東面三門は嵯峨天皇書かせ2)おはしましけるなり。
実(まこと)にや、道風朝臣3)、大師4)の書かせ給ひたる額を見て、難じて言ひける、「美福門は田広し。朱雀門は米雀門」と、略頌(りやくじゆ)に作りてあざけり侍りけるほどに、やがて中風して、手わななきて、手跡も異様(ことやう)になりにけり。
かかるためし恐れられけるにや、寛弘年中に、行成卿5)、美福門の額の字を修飾すべきよし、宣旨をかうぶりける時は、弘法大師の尊像の御前に香花の具をささげて、驚覚(きやうかく)して祭文を詠まれけり。件(くだん)の文は、江以言6)ぞ書きたりける。
今蒙明詔而欲下墨、則疑有黷聖跡之冥譴。更憚聖跡而将閣筆、亦恐拘辞明詔之朝章。晋退漸心、胡尾失歩。伏乞、尊像示以許否。若可許可請者、尋痕跡而添粉墨。若不許不請者、随形勢而廻思慮。王事靡盬。蓋鍳於此。尚饗。今(いま)明詔を蒙りて墨を下さんと欲すれば、則ち聖跡を黷(けが)すことの冥譴有らんことを疑ふ。更に聖跡を憚りて将に筆を擱かんとすれば、また明詔を辞することの朝章に拘らんことを恐る。晋退心に漸ぢ、胡尾歩を失ふ。伏して乞ふ、尊像許否を以つて示せ。若し許すべく請ふべくは、痕跡を尋ねて粉墨を添へん。若し許さず請はざれば、形勢に随ひて思慮を廻らさん。王事盬(もろ)きこと靡(な)し。なんぞここに鑑みざる。ねがはくは饗(う)けよ。
とぞ書かれて侍りける。
この門ども、あるいは焼失し、あるいは顛倒して、今はわづかに、安嘉・待賢門のみぞ侍るめる。げにや、この安嘉門の額ぞ、昔、人を捕りける。恐しかりけることかな。
翻刻
大内十二門の額南面三門は弘法大師西面三門は大内記 小野美材北面三門は但馬守橘逸勢をのをの勅をうけ給 て垂露の点をくたしけり東面三門は嵯峨天皇か らせをはしましける也実にや道風朝臣大師のかか せ給たる額をみて難していひける美福門は田広し 朱雀門は米雀門と略頌につくりてあさけり侍ける程に/s199l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/199
やかて中風して手わななきて手跡も異様に成にけり かかるためしをそれられけるにや寛弘年中に行成卿 美福門の額の字を修飾すへきよし宣旨をかうふり ける時は弘法大師の尊像の御前に香花の具をささ けて驚覚して祭文をよまれけり件文は江以言 そ書たりける 今蒙明詔而欲下墨則疑有黷聖跡之冥譴更 憚聖跡而将閣筆亦恐拘辞明詔之朝章 晋退漸心胡尾失歩伏乞尊像示以許否 若可許可請者尋痕跡而添粉墨若不 許不請者随形勢而廻思慮王事靡盬/s200r
蓋鍳於此尚饗 とそかかれて侍けるこの門とも或は焼失し或は顛倒 して今はわつかに安嘉待賢門のみそ侍める実にや この安嘉門の額そむかし人をとりけるおそろし かりける事かな/s200l
text/chomonju/s_chomonju287.txt · 最終更新: 2020/04/10 15:47 by Satoshi Nakagawa