古今著聞集 管絃歌舞第七
276 ある所にて会遊ありけるに時元笙を吹けるがしばらく休みけるに・・・
校訂本文
ある所にて会遊ありけるに、時元1)、笙を吹けるが、しばらく休みけるに、時廉2)、蘇合(そかふ)の序を吹きけり。時元聞きて、「あはれ、正念(しやうねん)なく吹くものかな。かからんには興なくや」とて、笙終りて、中間に両所重ねて上げて吹きたりける。まことに優美なりけり。
侍従大納言3)の言はれける「蘇合の序は二十拍子なり。しかあるを、今の世には十二拍子を用ゐて、残り八拍子をば用ゐぬ、いはれなきことなり。舞また足らず。そのゆゑは、舞は手のあひ変はる五拍子なり。この五拍子を、初めは東に向きて舞ひ、次に南に向きて舞ひ、次に西に向きて舞ひ、次に北に向きて舞ふ。おのおの五拍子を舞ふなり。同じ手を方を変へて舞ふなり。しかあるを、近代は南に向きて三拍子、北に向きて五拍子を舞はざるなり」と言はれければ、舞人光近4)聞きて、「五拍子を変へて舞ふこと、またくさることなし」とぞ言ひける。
そもそも、序の奥八拍子は、絶えて久しくなれり。かの亜相5)一人伝へられたることも、おぼつかなきことなり。されば、元正6)は伝へたりけるにや、このことおぼつかなし7)。
蘇合三・四の帖(でふ)ともに奏する時、籠拍子(こめびやうし)両帖に打たずして、四帖に用ゐることは、頼能8)・是季9)・時元らの説なり。しかあるを、季通朝臣10)言はれけるは、「蘇合は三帖を肝心とするがゆゑに、必ずこの帖に打つべし」とぞ侍りける。明暹・宗輔11)等は両帖ともに打つべきよし申されけり。
堀河院12)の御時、御遊ありけるに、蘇合一具通されけり。三帖を奏して後、宗輔卿奏すべきよしを仰せ下されけり。これ天気なりけるにや。この時の楽人、元正以下、宗輔の与奪を聞きて、「この人、心おとりす」とぞつぶやきける。これは、三帖に打たずして、四帖に打つべき13)よしを思ひて、「さらば、三帖の時こそ言はれめ」と思ひて、かくつぶやきけるなるべし。この条はいはれなきことにや。
両帖ともに打つこと、これまた正説なり。妙音院殿14)も、両帖ともに打つべきよし 、確かに記しおかれたり。これによりて、その御流を受けたる者、みな両帖に打ち侍り。宝治三年六月、仙洞講に蘇合一具侍りしに、予15)、太鼓つかうまつりしにも、両帖に打ち侍りき、かつこれ、法源房16)に申し合はする所なり。
翻刻
或所にて会遊ありけるに時元笙を吹けるかしはらく やすみけるに時廉蘇合序を吹けり時元聞てあはれ 正念なく吹物かなかからんには興なくやとて笙をはりて 中間に両所かさねてあけて吹たりける誠優美なりけり 侍従大納言のいはれける蘇合序は廿拍子也しかある/s186l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/186
をいまの世には十二拍子を用て残八拍子をはもちゐぬい はれなき事也舞又たらすその故は舞は手のあひか はる五拍子なりこの五拍子を初は東にむきて舞次に 南に向て舞次に西に向て舞次に北に向て舞各々 五拍子を舞也おなし手を方をかへて舞也しかあるを 近代は南に向て三拍子北に向て五拍子をまはさる也とい はれけれは舞人光近ききて五拍子をかへて舞事 またくさる事なしとそいひける抑序奥八拍子はた えて久しくなれり彼亜相ひとりつたへられたる事も おほつかなき事なりされは元正はつたへたりけるにやこの事 覚つかなし/s187r
覚つかなし 蘇合三四帖ともに奏する時籠拍子両帖にうたすして 四帖に用事は頼能是季季時元等説也しかあるを季 通朝臣いはれけるは蘇合は三帖を肝心とするかゆへに必 此帖に打へしとそ侍りける明暹宗輔等は両帖共に 打へきよし申されけり堀川院御時御遊ありけるに 蘇合一具とをされけり三帖を奏して後宗輔卿奏 すへきよしを仰下されけりこれ天気也けるにやこの時の 楽人元正以下宗輔の与奪を聞てこの人心おとりす とそつふやきける是は三帖にうたすして四帖にたつへき よしを思てさらは三帖の時こそいはれめと思てかくつふ/s187l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/187
やきけるなるへし此条はいはれなき事にや両帖共に 打事是又正説なり妙音院殿も両帖ともに打へきよし たしかにしるしおかれたりこれによりてその御流をうけ たる物みな両帖にうち侍り宝治三年六月仙洞講 に蘇合一具侍しに予大鼓つかうまつりしにも両 帖にうち侍き且是法源房に申合所なり/s188r