text:chomonju:s_chomonju272
古今著聞集 管絃歌舞第七
272 保延元年正月四日朝覲行幸に多忠方胡飲酒をつかうまつりけるに・・・
校訂本文
保延元年(崇徳1))正月四日、朝覲行幸に、多忠方、胡飲酒(こんじゆ)をつかうまつりけるに、この曲たびたび御覧ぜられつるに、このたびことにすぐれたるよし、おほやけ・わたくし沙汰ありけり。左大臣(花山家忠2))、勅を承りて、一階を賜(た)ぶよし、仰せ下されければ3)、忠方、再拝して、舞ひて入りけり。
かかるほどに、「忠方、右舞人(うまひびと)といへども、左舞(さまひ)を奏して勧賞(けんじやう)をかうぶる。左、必ず賞を行なはれずとも何事かあらんや」。また、「狛光則・多忠方いづれ上臈たるぞや」のよし、議定ありければ、左衛門督雅定卿4)申されけるは、「光則・忠方同日に勧賞をかぶりて叙爵す。多は朝臣(あそみ)なるによりて内位に叙す。狛は下姓(げしやう)によりて外位に叙す。忠方上臈たるべし」とぞ申されける。「勧賞のこと、あるいは舞の善悪によるべし。忠方すでによく舞ふによりて賞をかぶる。光則よく舞はば行なはるべし。幽(いう)ならずは、行はるべからす」と申しけり。あるいは、「左右ともに行なはるべきよし」をも申しけり。
光則、七旬に及べり。哀憐ありけるにや、つひに散手(さんじゆ)を奏する時、一階を給ひてけり。
昔は、かく芸によりて賞の沙汰ありけり。近ごろより、その善悪の沙汰までもなくて、ただ一者になりぬれば、左右なく賞を行なはるる習ひになれば、すこぶる無念のことなり。
翻刻
保延元年(崇徳)正月四日朝覲行幸に多忠方胡飲酒をつかう まつりけるに此曲たひたひ御覧せられつるに今度ことに すくれたるよしおほやけわたくし沙汰ありけり左大臣(花山家忠) 勅をうけたまはりて一階をたふよし仰下されけれ忠方 再拝して舞て入けりかかるほとに忠方右舞人たりと いへとも左舞を奏して勧賞をかうふる左かならす賞を おこなはれすとも何事かあらんや又狛光則多忠方いつ れ上臈たるそやのよし議定ありけれは左衛門督雅定卿 申されけるは光則忠方同日に勧賞をかふりて叙爵す/s184r
多は朝臣なるによりて内位に叙す狛は下姓によ りて外位に叙す忠方上臈たるへしとそ申されける 勧賞の事或は舞の善悪によるへし忠方すてに よく舞によりて賞をかふる光則よく舞ははおこな はるへし幽ならすは行はるへからすと申けり或は左右共に 行なはるへきよしをも申けり光則七旬に及へり 哀憐ありけるにやつゐに散手を奏する時一階を 給てけりむかしはかく藝によりて賞のさたありけり ちか比よりその善悪の沙汰まてもなくてたた一者にな りぬれは左右なく賞をおこなはるる習になれは頗無念の事也/s184l
text/chomonju/s_chomonju272.txt · 最終更新: 2020/04/05 17:37 by Satoshi Nakagawa