text:chomonju:s_chomonju256
古今著聞集 管絃歌舞第七
256 堀河院の御時六条院に朝覲行幸ありけるに・・・
校訂本文
堀河院の御時1)、六条院に朝覲(てうきん)行幸ありけるに、池2)の中島に楽屋を構へられたりけるに、御所水を隔てて遥かに遠かりけり。博定3)、勅を承りて、太鼓をつかうまつりける。壺よりも進めて撥(ばち)を当てけり。
後日に、博定、元正4)に会ひて、「昨日の太鼓はいかがありし」と言ひければ、元正、「めでたく承りき。ただし、少し壺より進みてぞ聞こえし」と言ひければ、また問ひ5)けるは、「壺は打ち入れたるたびやまじりたりし。始め終り同じほどに進みて侍りしか」と言ふ。元正、「始終進みて終りにき」と答へければ、博定、「さては意趣にあひかなひにたり。そのゆゑは、楽こそ引き離れぬことなれば霞みわたれ、遠くて物を打つは、響きの遅く来たるなり。されば、御前にては、壺に打ち入りて、よくぞ聞こし召しけん」とぞ言ひける。
「この心ばせ、思ひ寄らざることなり。めでたし」とぞ、元正感じける。
翻刻
堀川院御時六条院に朝覲行幸ありけるにやの中嶋に 楽屋を構へられたりけるに御所水をへたててはるかにと をかりけり博定勅をうけ給て大鼓をつかうまつりける壺 よりもすすめて撥をあてけり後日に博定元正にあひて/s171r
昨日の大鼓はいかかありしといひけれは元正めてたくうけ給き 但すこし壺よりすすみてそきこえしといひけれは又こひ けるはつほはうち入たるたひやましりたりしはじめおは りおなし程にすすみて侍しかといふ元正始終すすみておは りにきとこたへけれは博定さては意趣に相叶にたりそのゆへ は楽こそ引はなれぬ事なれはかすみわたれとをくて物を うつはひひきのおそくきたる也されは御前にては壺にうち 入てよくそきこしめしけんとそいひけるこの心はせ思よら さる事なり目出しとそ元正感しける/s171l
text/chomonju/s_chomonju256.txt · 最終更新: 2020/04/01 14:45 by Satoshi Nakagawa