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古今著聞集 和歌第六
149 いつのころのことにか殿上の人々歌詠み侍りけるに泰憲民部卿・・・
校訂本文
いつのころのことにか、殿上の人々、歌詠み侍りけるに、泰憲民部卿1)参りあひたりければ、おのおの興ありて思へりけるに、「急ぎのことあり」とて退出すべきよし申されけるを、人々許さざりければ、「さらば、和歌を参らせ置きて2)、身の暇(いとま)をば給はらん」と申されければ、おのおの承諾ありけり。すなはち、歌を書きて、封じて置きて、退出せられにけり。
披講(ひかう)の時、これを開き見るに、位署(ゐしよ)3)ならびに題ばかりを書きて、奥書に「於和歌者追而可進。(和歌においては追つて進(まゐ)らすべし。)」と書きたりけり。人々感歎して、かつはやすからぬよしをも言ひけり。
おほかた、名を4)得たる人は、なかなかなる ことは悪しかり5)ぬべければ、逃るる、一のことなり。「秀歌には劣りの返しせず」といふも故実なるべし。白紙を置くことは作法あることなり。題・位署ばかりを書きて、諸人の歌置きて後、これを置きて逐電(ちくでん)して、講席の座にゐざるとかや。寛平法皇6)、宮滝御覧の時、源昇朝臣・在原友于朝臣、白紙を置きたりけり。堀河院7)の御時の和歌の御会に、京極大殿8)、御位署に、「散位従一位藤原朝臣(某)9)と書かせ給ひたりける、希代の位署なりかし10)。人目を驚かしけり。
翻刻
いつの比の事にか殿上の人々哥よみ侍けるに泰憲民 部卿まいりあひたりけれは各興ありて思へりけるに 急のことありとて退出すへきよし申されけるを人々ゆるさ さりけれはさらは和哥をまいらせをて身のいとまをはた まはらんと申されけれは各承諾ありけり則うたを出て 封してをきて退出せられにけり披講の時これをひら き見るに位暑并題はかりをかきて奥書に於和 歌者追而可進とかきたりけり人々感歎してかつは やすからぬよしをもいひけり大かたを名をえたる人は中々なる 事はありかりぬへけれはのかるる一の事也秀哥には をとりの返せすといふも故実なるへし 白紙を置事は作法ある事也題位暑はかりを書 て諸人の哥をきて後これを置て逐電して講席 の座にゐさるとかや寛平法皇宮瀧御覧の時 源昇朝臣在原友于朝臣白紙を置たりけり 堀河院御時和歌御会に京極大殿御位暑に散位従 一位藤原朝臣(基と)かかせ給ひたりける希代の位暑なる かし人目をおとろかしけり/s115r
text/chomonju/s_chomonju149.txt · 最終更新: 2020/02/24 18:08 by Satoshi Nakagawa