ユーザ用ツール

サイト用ツール


text:chomonju:s_chomonju083

古今著聞集 政道忠臣第三

83 寛治八年十月二十四日亥時ばかりに内裏焼亡ありけり・・・

校訂本文

寛治八年十月二十四日1)、亥時ばかりに、内裏焼亡(だいりぜうまう)ありけり。中御門の右府2)、右中弁にて侍りけるが、宿侍せられたりけり。急ぎ御所へ参りて、「御剣璽の箱は候ふやらん」と尋ね参らせければ、「みづから持ちたるぞ」と勅答ありけり。そのほかの宝物どもをも一々に3)尋ね参らせて、分明(ぶんみやう)の勅答を承りけり。事急になりて、腰輿(えうよ)すでに南殿に寄せられたるほどになりにける中に、心早く一々に分明に申しける、いみじかりけることなり。

翻刻

寛治八年十月廿四日亥時ばかりに内裏焼亡あり
けり中御門右府右中弁にて侍けるか宿侍せられ
たりけりいそき御所へまいりて御釼璽の箱は/s76l

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/76

候やらんとたつねまいらせけれはみつからもちたるそと
勅答ありけりそのほかの宝物ともをも一々かりた
つねまいらせて分明の勅答を承けり事急に
なりて腰輿すてに南殿によせられたる程になりに
ける中に心早く一々に分明に申けるいみしかりける事也/s77r

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/77

1)
堀河天皇の時代
2)
藤原宗忠
3)
「一々に」は底本「一々かり」。諸本により訂正。


text/chomonju/s_chomonju083.txt · 最終更新: 2020/01/29 20:39 by Satoshi Nakagawa