text:chomonju:s_chomonju007
古今著聞集 神祇第一
7 一条院の御時上総守時重といふ人あり。千部の法華経読誦の願・・・
校訂本文
一条院1)の御時、上総守時重2)といふ人あり。千部の法華経読誦の願、心中に深かりけれども、身貧しくして、僧一人語らふべき計(はからひ)なし。思ひかねて、日吉社に詣でて、二心なく祈り申しけるに、神感ありて、はからざるに上総守になりにけり。任国の最前の得分をもて、千部の経を始めてけり。
其夜の夢に、貴僧枕に来て云はく、「善哉(よきかな)、善哉。汝、一乗の転読企つることを」とて、感涙を流しておはしましけり。時重、「かく仰せられ候ふは、誰にて御座候ふぞ」と、尋ね申しければ、貴僧、「我は一乗の守護、十禅師なり」と答へさせ給ひて、歌をなん詠じ給ひける。
一乗の御法を保つ人のみぞ三世の仏の師とはなりける
時重、かたじけなく貴く思えて、「生死をば、いかでか離れ候ふべき」と申しければ、
極楽の道のしるべは身を去らぬ心一つの直きなりけり
さて、帰らせ給ひけるが、立返りて、また詠ぜさせ給ひける、
朝夕の人の上にも見聞くらんむなしき空の煙とぞなる
無常を悟るべきよしを終りには示して去り給ひにけり。
あはれに貴きことなり。
翻刻
一条院御時上総守時重といふ人あり千部の法花経 読誦の願心中に深かりけれとも身まつしくして僧一 人かたらふへき計なし思かねて日吉社に詣て二/s13r
心なく祈申けるに神感ありてはからさるに上総守に 成にけり任国の最前の得分をもて千部の経 をはしめてけり其夜の夢に貴僧枕に来て云善哉 善哉汝一乗の転読くはたつる事をとて感涙をな かしておはしましけり時重かく仰られ候は誰にて御坐 候そと尋申けれは貴僧我は一乗の守護十禅師也と こたへさせ給て謌をなん詠し給ける 一乗の御法をたもつ人のみそ三世の仏の師とは成ける 時重かたしけなくたうとくおほえて生死をはいかてか はなれ候へきと申けれは 極楽の道のしるへは身をさらぬ心ひとつのなをき成けり/s13l
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100190287/viewer/13
さて帰らせ給けるか立かへりて又詠せさせ給ける 朝夕の人のうへにも見きくらんむなしき空の煙とそなる 無常をさとるへきよしをおはりにはしめしてさり給 にけりあはれにたうときこと也/s14r
text/chomonju/s_chomonju007.txt · 最終更新: 2020/01/12 23:31 by Satoshi Nakagawa