巻6第4話(46) 菩薩戒の徳の事
校訂本文
故東福開山1)のこと、ある女人、霊病(りやうびやう)久しくして、有験(ゆうげん)の僧多く加持するに癒えず。真言師を請じて行はせけるに、霊託(りやうたく)して、「かの僧、外法(げほふ)なり。人の髑髏(どくろ・しやれかうべ)を壇に置いて行ふなり」。見けるに2)、まことなりければ、あらはれて逃げ去りにけり。
多年、霊寺・霊社に参詣して祈請するに、すべてそのかひなし。鵄(とび)一つ、いづくへ行くともなく、空につれて行きける。術(じゆつ)尽きて、必死の思ひにて、後世のため東福寺に参じて、「菩薩戒を受けん」と申しけるに、和尚(をしやう)、授け給ひぬ。その後、霊託して、「菩薩戒を貴き僧に受けたり。今はさるべし」とて、病癒えにけり。たしかに聞き侍りしことなり。
和尚の行徳、大戒(たいかい)の威力、まことに貴ぶべし。愚老、菩薩戒受得、随分に守(まぼ)り侍りしかども、志浅く、身弱くして、病縁にさへられ、業障(ごうしやう)に犯されて、多く違(い)し侍りながら、病人戒は同法(どうぼふ)に授け侍ること多年、重病の者にこれを授く。同じく神呪(じんしゆ)誦(じゆ)して、すなはち癒えたる知音・檀那、当国他国に多く侍り。かれ行徳の薫習(くんじゆ)にあらず。菩薩戒の威力の勝(すぐ)れたるゆゑなり。剣のよきは幼少(いとけなき)者の持てるも、人これを恐るるがごとし。
また、戒学せぬ人は、戒徳を知らず。律経に戒量を云へるは、「小戒は三千大千世界に尽形寿 戒(じんぎやうじゆかい)なり。大戒は不可説法界(ふかせつぽふかい)なり。心もと法界に遍して、霊光(れいくわう)限りなし。昔は教へに違ひ悪を行ず。今は心を改め、願を発(おこ)す。戒を受けおはれば、戒体法界塵縁を量となす。しかれば、持(たも)つ時、一時に一切の戒蔵識に納めおはんぬ。もし縁に遇(あ)ひて犯(ほん)する時は、ただ一支一境の上の戒は汚れおはんぬ。余の戒は儼然(げんぜん)として破れず」と云へり。不犯戒(ふぼんかい)、徳多きゆゑか。
受戒の病人多分癒え侍るなり。ただし定業(ぢやうごふ)は仏在世もなほ癒えず。いかが助からんや。不信の輩(ともがら)は、定業人癒えざるゆゑ、「仏法に効験(かうげん)なし」と思ひて、帰依する心なし。これ業障のいたすところなり。効験あるを見るとも、自然の果報なむど思ひて、仏徳を信ぜず。愚痴の至りなり。
坂東に名医ありき。了仏房と号(なづ)く。もとは南都の僧なり。おほかた才学の仁なりしが、医書(いしよ)作れる中に、薬の殊勝(しゆしよう)なること、本証(ほんしよう)・現証(げんしよう)書き尽して後の句に、「ただし、治らぬこともあり」と云へり。これ老子の云へるごとく、「美言(びげん)は真(まこと)ならず。真の言(こと)は美ならず。真の言たるゆゑに、美ならず」。大般若3)に、般若の徳を説いて、「一切災難病患寿命、願ひのごとくなるべし」と云ひて、「ただし、定業の今の世に受くべきを除く」と云へるに似たり。
かの医師、秘事・口伝残りなく伝授しながら、病者はいと癒ゆることなかりき。ことに有徳(うとく)の大名の病人、すべて癒えず。非人等は癒え侍りし。
かの仁、申しけるに、「南都に大医ありけるが、秘書・口伝残りなく伝受して、御房これにてさだめて身一期助くべし。自然(じねん)に得分あるらん時は、恩を知りてあひとぶらへ」と契約してける。さるほどに、得分ありけれども、すべて師の恩報ぜず。師匠申しけるは、「この僧、冥加(みやうが)あらじ。わが恩を報ぜず」と。このことたがはず、すべて得分ありぬべき病者癒えずと云へり。
人は知恩・報恩の心あるべし。父母師君等の恩知云々。これを報ぜば、まづ現世安穏(あんおん)なるべし。まして三宝の恩これを報ぜば、当来の解脱喜あらん。「鬼畜なほ恩を4)報ずる心あり」と云へり。不知恩の者は、鬼畜になほ劣れり。
餓鬼はその種類多し。一口の食(じき)を得て、千倍にて返すと云へり。ことに守護となるべし。寿命延び、福徳来たり。一切行事に障(さは)りなし。臨終正念(りんじゆうしやうねん)なり。ことに少しの物をもつて、真言の加持力、多き食となり、千人霊祇(れいぎ)等に及ぶ。ゆゑに、福徳の行なり。弘法大師5)の御口伝には、「梵天の福を得る」とのたまへり。かつは慈悲の行なり。世間に餓鬼充満せり。もつとも施すべし。
幼少の時、召し仕ふ小童、朝夕不暁(あけぼの)に桑原(くわはら)を往くに、青衣の小童取りつきて、取りあふと思ふなり。なやみ侍りし。山臥に加持せさせしに、口走りて、「ただ飢渇(けかつ)かなしくて、母と二人この墓に住む」よし、かきくどき、米酒(べいじゆ)など食して、やがて去り侍りし。たしかに見聞きしことなり。
ある人、病悩の中間(なかごろ)に、「目に見えて、青衣の女人、痩せがれたるが、袋持ちて、あとのかたにあり」と申す。施餓鬼(せがき)して次第に見えず。かくのごときの人、あまた近付くも、見聞し侍りき。病者に多くこの行教へ侍りて、よろしくなれり。智覚禅師6)も「朝には放生(はうじやう)し、夕べには施餓鬼す」と伝に見えたり。和漢の高僧等、昔よりこれ行ず。もつとも行ずべきことなり。
洛陽の東山に、昔、高僧おはしけるが、夕べざま行道し、念誦せられけるに、前栽(せんざい)の草の中に、小音(こごゑ)をもつて、「このほど、食(じき)をとどめられ参らせて候ふ。術(じゆつ)無く候ふ。聞こしめされ給はるべく候ふ。これは餓鬼にて候ふ」と申すに、「食与へたることなし。心得ず」とのたまひければ、「ただよく聞こしめし候へ。今日、何日(いくか)になり候ふ」と申しけり。院師法師がことなりける、勘当かぶりて出だされける日数なりけり。「子細有るにこそ」とて、尋ね問ひ給ひければ、米洗うたる汁を、「餓鬼、受けて召せ」とて、捨て捨てしける。さて許されてけり。
目連尊者の母のごとくは、飯を与ふれども、火炭(くわたん・ひすみ)となりて食せず。これは罪障の深きゆゑなり。もし浅き業の鬼は、人の与ふれば食事、与へざれば食せずあるべし。ことに真言の加持、開咽喉(かいえんこう)の印などには、食することなるべし。
昔の山寺の先師、常に菓子等の物、酒などもある時は、「物欲しき者多かるらむ。物に向けよ」とて、ちと捨て捨てせしを、若く侍りし時は、「みこみこしく」と思ひて、「いとしかるべし」とも思ひ侍らざりしに、昔にて侍りし僧、鬼になりて霊託して、「かの御房に参じてこそ、物は給はりて食すれ」と申しけること承りしゆゑに、近ごろはことに施餓鬼の一分と思ひて、まづ与へ侍り。
しかるに、上(かみ)つかたにも古くしつけたることなり。まづ物にむけてちと給仕の物食し始めて、上(かみ)へは進(まい)らする習ひなり。律の行儀にも、履(くつ)などの新しきも、まづちと履くよしにて、僧には履かしむ。律は上郎の振舞ひなるべし。戒徳上郎となるゆゑなり。
翻刻
菩薩戒ノ徳ノ事 故東福開山ノ事或ル女人霊病久クシテ有験ノ僧多ク加持スルニ/3-33l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/33
不愈真言師ヲ請シテ行ハセケルニ霊託シテ彼ノ僧外法也人ノ髑髏ヲ 壇ニヲイテ行也ミケル実ナリケレハアラハレテ逃去リニケリ多年霊 寺霊社ニ参詣シテ祈請スルニ都テ其ノカヒナシ鵄一イツクヘ行クトモ ナク空ニツレテ行ケル術ツキテ必死ノ思ニテ後世ノタメ東福寺ニ参シテ 菩薩戒ヲ受ケント申ケルニ和尚授給ヌ其ノ後霊託シテ菩薩戒ヲ 貴キ僧ニ受タリ今ハサルヘシトテ病愈ニケリタシカニ聞キ侍シ事也 和尚ノ行徳大戒ノ威力誠ニ貴フヘシ愚老菩薩戒受得随分ニ 守リ侍シカトモ志アサク身ヨハクシテ病縁ニサヘラレ業障ニヲカサレ テ多ク違シ侍リナカラ病人戒ハ同法ニ授侍ル事多年重病ノ者ノニ 授ク之ヲ同ク神呪誦シテ即チ愈タル知音檀那当国他国ニ多ク侍リ カレ行徳ノ薫習ニアラス菩薩戒ノ威力ノ勝タル故ヘ也釼ノヨキハ 幼少者ノモテルモ人コレヲヲソルルカコトシ又戒学セヌ人ハ戒徳ヲ/3-34r
知ラス律経ニ戒量ヲ云ヘルハ小戒ハ三千大千世界ニ尽形寿 戒也大戒ハ不可カ説法界也心本ト法界ニ遍シテ霊光無限リ昔ハ 違教ニ行ス悪ヲ今ハ改メ心ヲ発ス願ヲ受戒了ハ戒体法界塵縁ヲ為量ト然レハ 持ツ時一時ニ一切ノ戒蔵識ニ納メ了ヌ若シ遇テ縁ニ犯スル時ハ只一支 一境ノ上ノ戒ハ汚レ了ヌ餘ノ戒ハ儼然トシテ不破ト云ヘリ不 犯戒徳多キ故ヘ歟受戒ノ病人多分愈ヘ侍ル也但シ定業ハ仏在世モ 猶ヲ不愈ヘイカカタスカランヤ不信ノ輩ハ定業人不愈故仏法ニ無ト 効験思テ帰依スル心ナシコレ業障ノイタス所也効験アルヲ 見トモ自然ノ果報ナムト思テ仏徳ヲ信セス愚痴ノ至リ也 ○坂東ニ名医アリキ号ク了仏房ト本ハ南都ノ僧也大方才学ノ 仁ナリシカ医書作レル中ニ薬ノ殊勝ナル事本証現証カキツクシテ 後ノ句ニタタシナヲラヌ事モアリト云ヘリコレ老子ノ云ヘル如ク美/3-34l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/34
言ハ不ズ真ナラ真ノ言ハ不美ナラマコトノ言タル故ニ不美ナラ大般若ニ般 若ノ徳ヲ説テ一切災難病患寿命ネカヒノ如クナルヘシト云テ 但シ定業ノ今ノ世ニ可ヲ受ク除クト云ヘルニ似タリ彼医師秘事口伝 無残リ伝授シナカラ病者ハイト愈ル事ナカリキコトニ有徳ノ大 名ノ病人スベテ不愈ヘ非人等ハ愈侍シ彼ノ仁申ケルニ南都ニ大 医有ケルカ秘書口伝無ク残リ伝受シテ御房コレニテ定テ身一期 助クヘシ自然ニ得分有覧時ハ恩ヲ知テ相訪ヘト契約シテケル サル程ニ得分有ケレトモ都テ師ノ恩報セス師匠申ケルハ此ノ僧 冥加アラシ我恩ヲ報セスト此ノ事タカハス都テ得分有リヌヘキ 病者イヘスト云ヘリ人ハ知恩報恩ノ心アルヘシ父母師君等ノ 恩知云々報セハ之先ツ現世安穏ナルヘシマシテ三宝ノ恩報セハ之当 来ノ解脱喜アラン鬼畜猶ヲ報ヲ報スル心アリト云ヘリ不知恩ノ/3-35r
者ノハ鬼畜ニ猶ヲトレリ ○餓鬼ハ其ノ種類多シ一口ノ食ヲ得テ 千倍ニテ返スト云ヘリ殊ニ守護トナルヘシ寿命ノビ福徳来タリ一切 行事ニ障リナシ臨終正念也コトニ少ノ物ヲ以テ真言ノ加持力多キ 食トナリ千人霊祇等ニ及フ故ニ福徳ノ行也弘法大師ノ御口 伝ニハ梵天ノ福ヲ得ルトノ給ヘリ且ハ慈悲ノ行也世間ニ餓鬼充満 セリ尤モ可シ施ス幼少ノ時召シ仕フ小童朝夕不暁ニ桑原ヲ往クニ青衣ノ 小童取ツキテ取アフト思也ナヤミ侍シ山臥ニ加持セサセシニ口 ハシリテ只飢渇カナシクテ母ト二人コノ墓ニスムヨシカキクトキ 米酒ナト食シテヤカテサリ侍リシタシカニ見聞シ事也 ○或ル人病悩ノ中間ニ目ニミヘテ青衣ノ女人痩カレタルカ袋モチ テアトノカタニ有ト申施餓鬼シテ次第ニミヘス如此ノ人アマタチ カツクモ見聞シ侍キ病者ニ多ク此ノ行ヲシヘ侍リテヨロシクナレリ/3-35l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/35
智覚禅師モ朝ニハ放生シ夕ニハ施餓鬼スト伝ニ見ヘタリ和漢ノ高
僧等昔ヨリ行ス之ヲ尤モ可キ行ス事也 ○洛陽ノ東山ニ昔シ高
僧ヲハシケルカ夕ヘ様行道シ念誦セラレケルニ前栽ノ草ノ中ニ小
音ヲ以テ此ノ程食ヲトトメラレマイラセテ候無ク術候被聞コシ食可
給ハル候コレハ餓鬼ニテ候ト申ニ食アタヘタル事ナシ心エストノ給ヒ
ケレハ只能ク聞コシ食候ヘ今日何日ニナリ候ト申ケリ院師法師カ
事ナリケル勘当カフリテイタサレケル日数ナリケリ子細有ルニ
コソトテ尋ネ問ヒ給ヒケレハ米洗ウタル汁ヲ餓鬼受ケテメセトテステステ
シケルサテユルサレテケリ目連尊者ノ母ノ如クハ飯ヲアタフレトモ
火炭トナリテ不食コレハ罪障ノ深キ故也モシアサキ業ノ鬼ハ
人ノアタフレハ食事アタヘサレハ不食セアルヘシコトニ真言ノ加持
開咽喉ノ印ナトニハ食スル事ナルヘシ昔ノ山寺ノ先師常ニ菓/3-36r
子等ノ物酒ナトモアル時ハ物ホシキ者多カルラム物ニムケヨトテ チトステステセシヲ若ク侍シ時ハミコミコシクト思テイトシカルヘシトモ 不思侍ラシニ昔ニテ侍シ僧鬼ニナリテ霊託シテカノ御房ニ参シテ コソ物ハ給ハリテ食スレト申ケル事承シ故ニチカコロハコトニ施 餓鬼ノ一分ト思テ先ツアタヘ侍リ然ルニ上ミツカタニモフルクシツケ タル事也先ツ物ニムケテチト給仕ノ物食シ始テ上ヘハ進スル習ヒ也 律ノ行儀ニモ履ナトノ新キモ先ツチトハクヨシニテ僧ニハハカシム律ハ 上郎ノ振舞ナルベシ戒徳上郎トナル故ヘ也/3-36l
