宇治拾遺物語
第22話(巻2・第4話)金峰山薄打の事
金峰山薄打事
金峰山薄打の事
校訂本文
今は昔、七条に薄打(はくうち)あり。御嶽1)詣でしけり。参りて、金崩(かなくづ)れをゆいて見れば、まことの金のやうにてありけり。嬉しく思ひて、件(くだん)の金を取りて、袖に包みて、家に帰りぬ。
おろして見れば、きらきらとして、まことの金なりければ、「不思議のことなり。この金を取るは、神鳴り、地震、雨降りなどして、少しもえ取らざんなるに、これはさることもなし。この後(のち)も、この金を取りて、世の中を過ぐべし」と嬉しくて、はかりにかけてみれば、十八両ぞありける。
これを薄(はく)に打つに、七・八千枚に打ちつ。「これをまろげて、みな買はん人もがな」と思ひて、しばらく持ちたるほどに、「検非違使なる人の、『東寺の仏、造らん』とて、薄を多く買はんといふ」と告ぐる者ありけり。悦びて、懐(ふところ)にさし入れて行きぬ。
「薄や召す」と言ひければ、「いくらばかり持ちたるぞ」と問ひければ、「七・八千枚ばかり候ふ」と言ひければ、「持ちて参りたるか」と言へば、「候ふ」とて、懐より紙に包みたるを取り出だしたり。
見れば、破れず広く、色いみじかりければ、「広げて数へん」とて見れば、小さき文字にて、「金御嶽、金御嶽」と、ことごとく書かれたり。心も得で、「この書き付けはなにの料の書き付けぞ」と問へば、薄打、「書き付けも候はず。何の料の書き付けは候はん」と言へば、「現にあり。これを見よ」とて見するに、薄打、見れば、まことにあり。「あさましきことかな」と思ひて、口もえ開かず。検非違使、「これはただごとにあらず。やうあるべし」とて、友を呼び具して、金をば看督長(かどのおさ)に持たせて、薄打具して、大理2)のもとへ参りぬ。
件のことどもを語り奉れば、別当、驚きて、「早く、河原に率て行きて問へ」と言はれければ、検非違使ども、河原に行て、よせばし3)掘り立てて、身をはたらかさぬやうにはりつけて、七十度のかうじ終へければ、背中は紅の練単衣(ねりひとへ)を水に濡らして着せたるやうに、みさみさとなりてありけるを、重ねて獄に入れたりければ、わづかに二十日ばかりありて死にけり。薄をば金峯山に返して、もとの所に置きけると、語り伝へたり。
それよりして、人怖ぢて、いよいよ件の金取らんと思ふ人なし。あな恐し。
翻刻
今は昔七条にはくうちありみたけまうてしけりまいりてかなくす れをゆいてみれは誠の金のやうにてありけりうれしく思ひて件の金/26オy55
を取てそてにつつみて家に帰ぬおろして見れはきらきらとして誠 の金なりけれはふしきの事也此金をとるは神なり地振雨ふりなとして すこしもえとらさんなるにこれはさる事もなし此のちもこの金をとり て世中をすくへしとうれしくてはかりにかけてみれは十八両そありける これをはくにうつに七八千枚にうちつこれをまろけてみなかはん人も かなと思てしはらく持たる程に検非違使なる人の東寺の仏造 らんとて薄をおほく買んといふとつくる物ありけり悦てふところに さし入て行ぬ薄やめすといひけれはいくら斗持たるそと問けれは七八 千枚はかり候といひけれは持てまひりたるかといへは候とて懐より紙に つつみたるを取出したりみれはやれすひろく色いみしかりけれはひろけて かそえんとてみれはちいさき文字にて金御嶽金御嶽とことことく かかれたり心もえて此かきつけはなにのれうの書付そととへは薄打書付も 候はす何のれうのかきつけかは候はんといへはけんにありこれをみよとてみするに/26ウy56
薄打みれはまことにありあさましき事哉と思て口もえあかす検 非違使これはたた事にあらすやうあるへしとて友をよひくして金をは かとのおさにもたせて薄うちくして大理のもとへまひりぬ件の事 ともを語たてまつれは別当おとろきてはやく河原にいて行て とへといはれけれは検非違使とも河原に行てよせはしほりたてて身を はたらかさぬやうにはりつけて七十度のかうしをへけれはせなかは紅の ねりひとへを水にぬらしてきせたるやうにみさみさと成てありけるをか さねて獄に入たりけれは僅に二十日斗ありて死にけり薄をは金 峯山に返してもとの所にをきけるとかたりつたへたりそれよりして 人をちていよいよ件の金とらんとおもふ人なしあなおそろし/27オy57