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打聞集

第21話 銭に亀を買ふ人の事

校訂本文

昔、天竺の人、宝買ひに銭(ぜに)五千巻を子に持たせて遣る。大河の辺(ほとり)に、銭を持て行く。船に乗りたる人、来たる。

船の方を見れば、亀五つ、頸(くび)を捧(ささ)げてあり。銭持たる人、立ち留りて、「そは何亀ぞ」と問へば、「害(ころ)して物にせむとするなり」と言へば、銭持たる人、「その亀買はむ」と言へば、船の人いはく、「いみしき大切のことにて、釣り得たる亀なり。されば、いみじき値(あたひ)なりとも、え売り奉らじ。1)」と言ふ。なほ、あながちに手をすりて、この五千巻の銭に、亀五つ買ひ取りて去る。

心に思ふやう、「わが祖(おや)の宝買ひに、隣国に遣りつる銭を、亀にかへてやみぬれば、祖いかに腹立ち給はむずらむ」と思へど、さりとてさりとて、祖のもとに帰り行かであるべきならねば、祖のもとに帰るに、道に人あひて言ふやう、「そこに銭に亀売りつる人は、ふいに2)河中にて、船うち返して死ぬ」となむ談(かた)りけるを聞きて、祖の屋に返り至る。

「この、銭を亀にかへつるよし語らむ」と思ふほどに、祖の言ふやう、「などて、この銭をば返しおこせたるぞ」と問ふ。子、答ふ、「銭、返し奉らず。銭はしかじかなり。『そのよし申さむ』とて、帰り参るなり」と言ふ。

祖のいはく、「黒衣着たる人、おのおの銭千巻づつ取りてなむ、持ちて来つる。この銭なり」とて、取り出でたれば、この銭、いまだ濡れながらあり。はやく、かへて免れつる亀、銭の川に落ち入るを見て、五つの亀、おのおの千巻づつ、祖の屋に3)子帰らぬ先に、持て到るなりけり。

「亀の奇あることに注(しる)したるなり」と、ある僧語りしなり。

翻刻

昔天竺ノ人宝カヒニ銭(セニ)五千巻ヲ子ニ以セテ遣ル大河ノ辺ニ銭ヲ以テ行船ニ乗リ
タル人来船ノ方ヲ見ハ亀五頸ヲ捧ケテ有リ銭以ル人立留リテソハ何亀ソト問ハ害シテ
物ニセムトスル也ト云ハ銭以ル人其亀カハムト云ハ船ノ人云クイミシキ大切事ニテツリ得亀也
サレハイミシキアタヒナリトモエウリタ□マツラシト云猶強ニ手摩テ此五千巻ノ銭ニニ亀五カヒト
リテ去心ニ思様我カ祖ノ宝カヒニ隣国遣ツル銭ヲ亀ニカヘテヤミヌレハ祖イカニ腹立給
スラムト思ヘトサリトテサリトテ祖ノ許ニ帰イカテ有ヘキナラネハ祖許帰ニ道ニ人対(アヒテ)云様其コニ
銭ニ亀ウリツル人ハフ員ニ河中テ船ウチ返テ死トナム談ケルヲ聞テ祖屋ニ返至此銭
亀ニカヘツル由語ト思程ニ祖云様ナトテ此銭ヲハ返ヲコセタルソト問子答銭返奉(タテマツラ)ス銭ハ然々
也其由申トテ帰参ナリト云フ祖云黒衣着人各銭千巻ツツ取テナム以来ツル此ノ銭也トテ
取出タレハ此銭未ヌレナカラ有早クカヘテ免ツル亀銭川ニ落入ヲ見テ五亀各千巻ツツ祖ノ
□ニ子帰ヌ先ニ以到ナリケリ亀ノ奇有事ニ注タルナリト有僧語シナリ/d32

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1192812/32

1)
「奉らじ」は底本「タ□マツラシ」。一字破損。文脈により補う。
2)
「ふいに」は底本「フ員ニ」。誤写とみて訂正。なお、『今昔物語集』9-13では「不意に」。
3)
「屋」は底本破損。「祖の屋に返り至る」とあったことにより補入。
text/uchigiki/uchigiki21.txt · 最終更新: 2018/05/20 13:00 by Satoshi Nakagawa