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text:uchigiki:uchigiki15

打聞集

第15話 玉を盗みて国王と成る事

校訂本文

昔、天竺の王1)、夜光る玉のめでたきを持たりける。蔵に盗みしける者の、いかにして入りけるにかあらむ、これを盗みてけり2)

王、「これや取りつらん」と疑しう思ひければ、高楼のあるに、めでたき七宝をもつて荘(かざ)り、玉幡を かけ、錦を地に敷き、めでたき絹を着荘共をして3)、琴・琵琶弾かせなどしおきて、この玉盗人を召して、いたう酔酒を喰はせて、死にたるやうに酔ひし伏せつ。

その後に、この男をかきて、かく荘(かざ)りたる楼上に率(ゐ)て登(のぼ)せて、伏せて、装束着せ代へて、臥せたれども、いたう酔ひにたれば、つゆ知らず。

酔ひやうやう覚めて、起き上がりて見れば、この世にもあらず、めでたく、いみじき所に来けり。見まはせば、四角(よすみ)にえもいはず香ばしき香を薫(た)きたり。香ばしきこと、かぎりなし。玉幡懸けまはしたり。えもいはぬ錦、上に張り、板敷に敷きたり。めでたき女ども、髪を上げ、玉装束をして、居並(ゐな)み立ち、琴・琵琶を弾き、いみじう遊戯す。

「われはいかなる所に来たらむ」と思ひて、傍ら近き女に、「こは、いづこぞ」と問ふ。女の答ふるやう、「これは天なり」と答ふれば、「いかで、おのれは天には生まるべきぞ」と問ふ。女の答ふるやう、「そこは虚言(そらごと)をせねば、天には生まれたるなり」と言ふ。

かく構ふるやうは、「そこは盗みやしたる」と問はするなり。「虚言せぬ者、天に生まる」と言ひ聞かせたれば、あるままに、「虚言せじ」と思ひて、「盗みしたり」と言はば、「そのの国の王の、宝にせし玉は盗みてやありし」と問はむ。そのの時に、「盗みたり」と言はば、「いづこにか置きたる」と問はむ。その折に、人を遣りて、有り所をたしかに聞きて、得てやらむと、謀りごとなりけり。

さて、女、「虚言せぬ人の生まるる天なり」と言ふ次(ついで)に、女、問ふやう4)、「盗みやしたる」。盗人、その答をばせで、この居並みたる女どもの顔、ことにまぼりわたす。あまねく顔をまぼりて、頸(くび)を引き入れて、ものも言はずなりぬ。たびたび問へど、さらに答せず。女、しわびて、「かかるもの言はぬ者は、天に生れず」とて、追ひ下しつ。

帝王、謀(たばか)りわびて、「いかさまにしてか、謀り出ださむ」と思して、思ひ給ふやう、「この盗人を大臣になして、一つ心になりて、構へ得」と思ひて、大臣になされぬ。さて、はかなきことも大臣に言ひ合はせ給ひ、いみじうむつましうなりて、後に、つゆ隠したることなく、互いになりぬ5)

さて、後に帝王、大臣にのたまふやう、「おのが内々に思ふことなむある。先年に、われ、いみじう宝にせし玉をなむ盗まれにし。『それ返し得む』と思へど、得べきやうもなし。それを盗みたらむ人にまれ、尋ねて返し得させたらむ、この国を半ば分けて知らせむと思ふ。そのよしを仰せ下せ」と仰せ給ふ時に、大臣の思ふやう、「わが玉盗みしことは、身の料に盗みたるなり。しかるを、国半ば分けて知るべきにては、深く隠しては何にかせむ。この時に申し出でて、半国分けて知らむ」と思ひて、やをらあぐみ寄りて、帝王に申す。「おのれこそ、その玉は盗みて持ちて候へ。国賜ふべくは、これを奉りてむ」。

帝王、その折に、「いみじう嬉し」と思して、国半ばを知らする宣旨、下されぬ。その折に、玉取り出で奉る。帝王ののたまふやう、「この玉得つる、いと嬉し。日ごろ思ひつる本意、今ぞかなひぬる。大臣、半国は知るべし」。

さて、帝王の仰せらるるやう、先年に、天の虚(そら)に登りてある折も言はで、頸(くび)引き入れてありしは、いかなるぞ」と仰せ給ふ時に、大臣の申さく、「先年、盗みせむ料(れう)に、僧房に入りたりしに、僧の経を読みてぞ、寝(ね)ざりしかば、寝(ぬ)るを待つとて、壁のつらに立ち添ひて、聞き奉りしかば、僧の経に読みしやう、『人間には目まじろく。天にはまじろかず』となむ読みし。よつて、天には目まじろがず知りたれば、この楼の上に居並みたる女の、ことに目まじろきしかば、『天にはあらぬなりけり』と思ひて、ものも申さで候ひしなり。盗をせざらましかば、その時に謀られて、辛(から)き目をも。今日、大臣にて、国半王とはならざらまし。今日、かくなることも盗みの徳なり」となむ言ひけると、経に説きたると僧の語りし。

今、このことを聞きて、心得るに、悪事・善事はわきまふることなし。ただ、同じことなり。物に心得ぬ者の悪事・善事はわきまふるなり。鴦屈摩羅仏御指を切らずは、たちまちに菩薩になるへきにあらず6)。阿闍世王は、父を害せずは、いかでか生死をまぬかれむ7)。盗人、玉を盗まずは8)、大臣位に登らむやは。ここをもつて知りぬ9)、善悪一つなりといふこと。

翻刻

□□竺ノ王夜光ル玉ノメテタキヲ以リケル蔵ニ盗シケル物ノノイカニシテ入ケルニカ有ラム此ヲ
□テケリ王此ヤ取ツ覧ト疑シウ思ケレハ高楼ノ有ニ目出タキ七宝ヲ以テ庄リ玉幡ヲ
懸ニシキヲ地ニ敷目出絹ヲ着庄共ヲシテ笒笓笆ヒカセナトシ持(ヲキテ)此玉盗人ヲ召テ
イタウ酔酒ヲ喰テ死タル様ニ酔シ伏ツ其後ニ此男ヲカキテカク庄タル楼上ニヰテ登テ
伏(フセテ)装束着(キセ)代(カヘ)テ臥タレトモイタウ酔ニタレハ露(ツユ)不知酔漸々サメテオキアカリテ見レハ此世ニモ
非ス目出イミシキ所ニ来ケリ見マハセハ四角ニエモ云ス香ハシキ香ヲタキタリカウハシキ事
限无シ玉幡懸マハシタリエモイハヌ二色上ニハリイタ敷ニ々タリ目出キ女共髪ヲ上玉装束ヲ
シテヰナミタチコトヒハヲヒキイミシウ遊戯ス我ハイカナル所ニキタラムト思テカタハラ近女ニ
コハイツコソト問フ女ノ答様是ハ天也ト答フレハイカテヲノレハ天ニハ生ルヘキソトトフ女ノ答様
ソコハ虚言ヲセネハ天ニハ生タルナリト云カク構様ハソコハ盗ヤシタルト問スルナリ虚言セヌ物天ニ
生ト云聞セタレハ有ママニ虚言セシト思テ盗シタリト云ハ其ノ国ノ王ノ宝ニセシ玉ハ盗ミテヤ有シト
問ム其ノ時ニ盗タリト云ハイツコニカ持(ヲキタル)ト問ム其ヲリニ人ヲ遣テ有所ヲ慥ニ聞テ得テヤラム
トハカリ事也ケリサテ女虚言セヌ人ノ生ルル天ナリト云次ニ女〓様盗ヤシタル盗人其答ヲハ
セテ此居並タル女共ノ顔(カホ)コトニマホリワタス周(アマネク)顔ヲマホリテ頸ヲヒキ入テ物モ云ス成ヌ
度々問ト更ニ答セス女シワヒテカカル物云ヌ物ハ天ニ生ストテ追下ツ帝王タハカリ
ワヒテイカサマニシテカハカリ出サムト思シテ思給様此盗人ヲ大臣ニ成テ一ツ心ニ成テ
構得ト思テ大臣ニ成レヌサテハカナキ事モ大臣ニ云合給イミシウムツマシウ成テ後ニ/d27

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1192812/27

露隠シタル事ナク牙ニ成ヌサテ後ニ帝王大臣ニノタマフ様オノカ内々ニ思事ナム有ル
先年ニ我イミシウ宝ニセシ玉ヲナム盗レニシ其返エムト思ヘト得ヘキ様モ无シ其ヲ盗タラム
人ニマレ尋テ返得サセタラム此国ヲ半分テ知セムト思其由ヲ仰下セト仰給時ニ大
臣ノ思様我カ玉盗シ事ハ身䉼ニ盗タルナリシカルヲ国半分テ知ヘキニテハ深隠シテハ
ナニニカセム此時ニ申出テテ半国分テ知ラムト思テヤヲラアクミヨリテ帝王申ヲノレコソソノ玉ハ
盗テ以テ候ヘ国賜ヘクハ是ヲ奉テム帝王其ノヲリニイミシウウレシト思シテ国半ヲ知スル
宣旨下サレヌソノヲリニ玉取出奉ル帝王ノノ給様此玉得ツルイトウレシ日来思ツル本意
今ソ叶ヌル大臣半国ハ知ルヘシサテ帝王ノ仰ラルル様先年ニ天ノ虚(ソラ)ニ登テ有ヲリモイハテ
頸ヒキ入テ有シハイカナルソト仰給時ニ大臣ノ申ク先年盗セムレウニ僧房ニ入タリシニ僧ノ経ヲ
読テソネサリシカハヌルヲ待トテ壁ノツラニタチソヒテ聞キ奉シカハ僧ノ経ニ読シ様人間
ニハ目マシロク天ニハマシロカストナム読シ仍天ニハ目マシロカスト知タレハ此楼ノ上ニヰナミタル女ノコトニ
目マシロキシカハ天ニハ非ヌナリケリト思テ物モ申サテ候シナリ盗ヲセサラマシカハソノ時ニハカラレテ
カラキメヲモ今日大臣ニテ国半王トハ成サラマシ今日カク成事モ盗トクナリトナム云ケルト
経ニ説タルト僧ノ語シ今此事ヲキキテ得心悪事善事ハワキマフル事无シ只同事
也物ニ心得ヌ物ノノ悪事善事ハワキマフルナリ鴦屈摩羅仏御指ヲ切スハ頓(タチマチ)ニ菩薩
成ヘキニ非ス阿闍世王ハ父ヲ害セスハイカテカ生死ヲ除(マヌカレ)ム盗人玉ヲ盗ハ大臣位ニ登ヤハ是以
□リヌ善悪一ナリト云事/d28

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1192812/28

1)
「昔、天竺の王」は底本「□□竺ノ」。二字程度破損。『打聞集』の通例により補う。
2)
「盗みてけり」は底本、「□テケリ」。一字程度破損。文脈により補う
3)
「着荘共をして」は、中島悦次『打聞集』(白帝社・昭和36年9月)「著荘女共(着荘かざりたる女ども)」と試読。
4)
「女、問ふやう」は底本「女〓様」。一字判読できず。文脈により補う。
5)
「互いになりぬ」は底本「牙ニ成ヌ」。『今昔物語集』5-3に「身に露隠したる事無く互に成ぬ」とあるのにより訂正
8)
「盗人、玉を盗まずは」は底本「盗人玉ヲ盗ハ」。文脈により「ず」を補う。
9)
「ここをもつて知りぬ」は底本、「是以□リヌ」。一字破損。『今昔物語集』5-3に「此れを以て、「善悪一つ也」と知るべしとなむ、」とあるのにより補う。
text/uchigiki/uchigiki15.txt · 最終更新: 2018/05/11 13:36 by Satoshi Nakagawa