とはずがたり
巻4 26 内宮にはことさら数寄者どももありて・・・
校訂本文
内宮には、ことさら数寄者どももありて、「かかる人1)の、外宮にこもりたる」と聞きて、「いつか内宮の神拝(じんぱい)に参るべき」など待たると聞くも、そぞろはしけれども、さてあるべきならねば参りぬ。
岡田といふ所に宿りて侍る隣に、ゆゑある女房の住処(すみか)あり。いつしか、若き女の童、文を持ちて来たり。
何となく都と聞けばなつかしみそぞろに袖をまた濡らすかな
二の禰宜延成2)が後家といふ者なりけり。「かまへて、みづから申さん」など書きたる返事には、
忘られぬ昔を問へば悲しさも答へやるべき言の葉ぞなき
待たれて出づる短夜(みじかよ)の、月なきほどに宮中へ参るに、これもはばかる姿なれば、御裳濯川(みもすそがは)3)の川上より御殿を拝み奉れば。八重榊(やへさかき)もことしげく立ち重ね、水垣・玉垣、遠く隔りたる心地するに、「この御社の千木は、上一人(かみいちにん)を守(まぼ)らんとて、上へそがれたる」と聞けば、何となく、「玉体安穏」と申されぬるぞ、われながらいとあはれなる。
思ひそめし心の色の変らねば千代とぞ君をなほ祈りつる
神風すごくおとづれて、御裳濯川の流れものどかなるに、神路の山4)を分け出づる月影、ここに光を増すらんと覚えて、わが国の外(ほか)まで思ひやらるる心地して侍り。
神拝事故(ことゆゑ)なく遂げて、下向し侍るとて、神館(かんだち)の前を通るに、一の禰宜尚良(ひさよし)5)が館、ことさらに月さし出でてすごく見ゆるに、みなおろしこめて侍りしかば、「外宮をは月宮と申すか」とて、
月をなど外(ほか)の光と隔つらんさこそ朝日の影にすむとも
榊の枝に四手に書きて結び付けて、神館の縁に置かせて帰り侍りしかば、開けて見けるにや、宿所へ6)また榊に付けて、
すむ月をいかが隔てん槙(まき)の戸を開けぬは老いの眠りなりけり
翻刻
内宮にはことさらすき物とももありてかかる人の外宮にこもり たるとききていつか内宮の神はゐにまいるへきなとまたる ときくもそそろはしけれともさてあるへきならねはまいり ぬをかたといふ所にやとりて侍となりにゆへある女はうの すみかありいつしかわかきめのわらはふみをもちてきたり なにとなく都ときけはなつかしみそそろに袖を又ぬらすかな 二のねきのふなりか後家といふ物なりけりかまへてみつから 申さんなとかきたる返事には わすられぬむかしをとへはかなしさもこたへやるへきことの葉そなき/s193l k4-55
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/193
またれていつるみしかよの月なきほとに宮中へまいるにこれもはは かるすかたなれはみもすそ川のかは上より御てんをおかみたてま つれはやへさか木もことしけくたちかさね水かきたまかきとをく へたたりたる心ちするにこの御やしろのちきは上一人をまほ らんとてうへへそかれたるときけはなにとなくきよくたい あんをんと申されぬるそ我なからいとあはれなる おもひそめし心の色のかはらねは千代とそ君を猶いのりつる 神風すこくをとつれてみもすそ川のなかれものとかなるにかみ ちの山をわけいつる月かけここにひかりをますらんとおほえて 我くにのほかまておもひやらるる心ちして侍神はいことゆへなく とけて下かうし侍とて神たちのまへをとをるに一のねきひさよしか/s194r k4-56
たちことさらに月さしいててすこくみゆるにみなおろしこめて侍 しかは外宮をは月宮と申かとて 月をなとほかのひかりとへたつらんさこそあさ日のかけにすむとも さかきの枝にしてにかきてむすひつけて神たちのゑんに をかせて返侍しかはあけてみけるにやしゆく所又さか木につ けて すむ月をいかかへたてんまきのとをあけぬはおいのねふり成けり/s194l k4-57