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とはずがたり
巻4 9 十五日の朝小町殿もとより今日は京の放生会の日にて侍り・・・
校訂本文
十五日の朝(あした)、小町殿もとより、「今日は京の放生会(はうじやうゑ)の日にて侍り。いかが思ひ出づる」と申したりしかば、
思ひ出づるかひこそなけれ石清水同じ流れの末もなき身は
返し、
ただ頼め心の注連(しめ)の引く方に神もあはれはさこそかくらめ
また、鎌倉の新八幡(やわた)の放生会といふことあれば、ことのありさまもゆかしくて、立ち出でて見れば、将軍1)御出仕のありさま、所につけてはこれもゆゆしげなり。大名ども、みな狩衣にて出仕したる、直垂着たる帯刀(たちはき)とやらんなど、思ひ思ひの姿ども珍しきに、赤橋といふ所より、将軍、車より下りさせおはします折、公卿・殿上人少々御供したるありさまぞ、あまりに賤しげにも物わびしげにも侍りし。
平左衛門入道2)と申す者が嫡子、平二郎左衛門3)が将軍の侍所(さぶらひどころ)の所司とて参りしありさまなどは、物に比べば関白などの御振舞ひと見えき。ゆゆしかりしことなり。
流鏑馬いしいしの祭事(まつりごと)の作法有様は、「見ても何かはせむ」と思えしかば、帰り侍りにき。
翻刻
くすくしつつ八月にもなりぬ十五日のあしたこまち とのもとよりけふは京のはうしやうゑの日にて侍いかか思ひ いつると申たりしかは おもひいつるかひこそなけれいはし水おなしなかれのすゑもなき身は 返し たたたのめ心のしめのひくかたに神もあはれはさこそかくらめ 又かまくらの新やわたのはうしやうゑといふ事あれはことの ありさまもゆかしくてたちいててみれは将くん御しゆつし のありさま所につけてはこれもゆゆしけなり大名とも/s173r k4-14
みなかりきぬにてしゆつししたるひたたれきたるたちはき とやらんなとおもひおもひのすかたともめつらしきにあかはしと いふ所より将くんくるまよりをりさせをはしますをりくき やう殿上人せうせう御ともしたるありさまそあまりにいやしけ にも物わひしけにも侍しへい左衛門入たうと申物かちやくし 平二郎さへもんか将くんのさふらひ所のしよしとてまいり しありさまなとは物にくらへは関白なとの御ふるまひとみえ きゆゆしかりしことなりやふさめいしいしのまつりことのさ ほうありさまは見てもなにかはせむとおほえしかは帰はへり にきさるほとにいくほとの日かすもへたたらぬにかまくらにことい/s173l k4-15
text/towazu/towazu4-09.txt · 最終更新: 2019/09/23 22:22 by Satoshi Nakagawa