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text:towazu:towazu4-01

とはずがたり

巻4 1 如月の二十日あまりの月とともに都を出で侍れば・・・

校訂本文

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如月の二十日あまりの月とともに都を出で侍れば、何となく捨て果てにし住処(すみか)ながらも、「またと思ふべき世の習ひかは」と思ふより、「袖の涙も今さら、宿る月さへ濡るる顔にや1)」とまで思ゆるに、われながら心弱く思えつつ、逢坂の関と聞けば、「宮も藁屋も果てしなく2)」と、ながめ過ぐしけん蝉丸の住処も跡だにもなく、せきの清水に宿るわが面影は、出で立つ足元よりうち始め、ならはぬ旅の装ひいとあはれにて、やすらはるるに、いと盛りと見ゆる桜のただ一木あるも、これさへ見捨てがたきに、田舎人と見ゆるが、馬の上四・五人、汚なげならぬが、「またこの花のもとにやすらふも、同じ心にや」と思えて、

  行く人の心をとむる桜かな花や関守逢坂の山

など思ひ続けて、鏡の宿といふ所にも着きぬ。

暮るるほどなれば、遊女ども契り求めて歩(あり)くさま、「憂かりける世の習ひかな」と思えて、いと悲し。

明け行く鐘の音に勧められて出で立つも、あはれに悲しきに、

  立ち寄りて見るとも知らじ鏡山心のうちに残る面影

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きさらきの廿日あまりの月とともに都をいて侍れはなに
となくすてはてにしすみかなからも又と思ふへき世のならひ
かはとおもふより袖の涙もいまさらやとる月さへぬるるかほに
やとまておほゆるに我なから心よはくおほえつつあふさかの
関ときけは宮もわらやもはてしなくとなかめすくしけんせみ
丸のすみかもあとたにもなくせきのし水にやとる我おもかけ
はいてたつあしもとよりうちはしめならはぬ旅のよそをひいと
あはれにてやすらはるるにいとさかりとみゆるさくらのたた一木
あるもこれさへ見すてかたきにいなか人とみゆるかむまのうへ四
五人きたなけならぬかまたこの花のもとにやすらふもおなし
心にやとおほえて/s166l k4-1

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/166

   ゆく人の心をとむるさくらかな花やせきもりあふさかの山
なとおもひつつけてかかみのしゆくといふ所にもつきぬくるる
ほとなれは遊女ともちきりもとめてありくさまうかりける世
のならひかなとおほえていとかなしあけ行かねのをとにすす
められていてたつもあはれにかなしきに
   たちよりてみるともしらしかかみ山心のうちにのこる面影/s167r k4-2

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/167

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1)
『古今和歌集』恋五 伊勢「あひにあひて物思ふころのわが袖に宿る月さへ濡るる顔なる」。
2)
『新古今和歌集』雑下 蝉丸「世の中はとてもかくても同じこと宮も藁屋も果てしなければ」。
text/towazu/towazu4-01.txt · 最終更新: 2019/09/16 18:31 by Satoshi Nakagawa