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text:towazu:towazu3-24

とはずがたり

巻3 24 東の山住まひのほどにもかき絶え御訪れもなければ・・・

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東(ひむがし)の山住まひのほどにも、かき絶え御訪れもなければ、「さればよ」と心細くて、「明日は都の方へ」など思ふに、よろづにすごきやうにて、四座(しざ)の講いしいしにて、聖たちも夜もすがら寝で明かす夜なれば、聴聞所に袖片敷きて、まどろみたる暁、ありしに変はらぬ面影にて、

  「憂き世の夢は長き闇路(やみぢ)ぞ」

とて、抱(いだ)きつき給ふと見て、おびたたしく大事に病み出だしつつ、心地もなきほどなれば、聖の方より、「今日はこれにてもこころみよかし」とあれども、車などしたためたるもわづらはしければ、都へ帰るに、清水の橋の西の橋のほどにて、夢の面影、うつつに車の中(うち)にぞ入らせ給ひたる心地して、絶え入りにけり。そばなる人、とかく見助けて、傅(めのと)が宿所へまかりぬるより、水をだに見入れず。

限りのさまにて、弥生の空も半ば過ぐるほどになれば、ただにもあらぬさまなり。ありし暁より後は、心清く目を見かはしたる人だになければ、「疑ふべき方もなきことなりけり」と、憂かりける契りながら、人知れぬ契もなつかしき心地して、いつしか心もとなくゆかしきぞ、あながちなるや。

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ひむかしの山すまゐのほとにもかきたえ御おとつれも
なけれはされはよと心ほそくてあすはみやこのかたへなと
おもふによろつにすこきやうにてしさのかういしいしにて
ひしりたちもよもすからねてあかす夜なれはちやうもん
所に袖かたしきてまとろみたるあかつきありしにかはらぬ
おもかけにて
  うき世のゆめはなかきやみちそ/s141r k3-56
とていたきつきたまふとみておひたたしく大事にやみいたし
つつ心地もなきほとなれはひしりのかたよりけふはこれ
にても心みよかしとあれとも車なとしたためたるもわつら
はしけれは宮こへかへるにきよみつのはしのにしの橋の
ほとにて夢のおもかけうつつにくるまのうちにそいらせ
給たる心地してたえ入にけりそはなる人とかくみたすけ
てめのとかしゆく所へまかりぬるより水をたに見入す
かきりのさまにてやよひのそらもなかはすくる程に
なれはたたにもあらぬさまなりありしあかつきよりのちは
心きよくめを見かはしたる人たになけれはうたかふへき
かたもなきことなりけりとうかりける契なから人しれぬ契/s141l k3-57

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/141

もなつかしき心ちしていつしか心もとなくゆかしきそあなかち
なるや卯月の中の十日比にやさしたることとてめしある/s142r k3-58

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/142

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text/towazu/towazu3-24.txt · 最終更新: 2019/08/24 19:00 by Satoshi Nakagawa