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text:towazu:towazu3-04

とはずがたり

巻3 4 とかく思ふもかひなくて御心地もおこたりぬれば・・・

校訂本文

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とかく思ふもかひなくて、御心地もおこたりぬれば、初夜にてまかり出で給ふにも、さすがに残る面影は、いと忍びがたきに、いと不思議なりしは、また夜も明けぬ先に起き出でて、局(つぼね)にうち臥したるに、右京の権大夫清長1)を御使(つかひ)にて、「きときと」と召しあり。「夜べは東(ひむがし)の御方2)参り給ひき。などしも急がるらん。ただ今の御使ならん」と、心騒ぎして参りたるに、夜べは3)更け過ぎしも、待つらむ方4)の心づくしをなど思ひてありしも、ただ世の常のことならば、かくまで心あり顔にもあるまじきに、主柄(ぬしがら)のなほざりならずさに、思ひ許してこそ。さても、今宵不思議なる夢をこそ見つれ。今の五鈷を賜びつるを、われにちと引き隠して懐(ふところ)に入れつるを、袖を引かへて、『これほど心知りてあるに、などかくは』と言はれて、わびしけに思ひて、涙のこぼれつるを払ひて、取り出でたりつるを見れば、銀(しろかね)にてありける。故法皇5)の御物なれば、『わがにせん』と言ひて、立ちながら見ると思ひて、夢覚めぬ。今宵、必ずしるしあることあるらむと思ゆるぞ。もし、さもあらば、疑ふ所なき岩根の松をこそ」など仰せられしかども、まことと頼むべきにしあらぬに、その後は、月立つまでことさら御言葉にもかからねば、とにかくにわが過ちのみあれば、人を憂しと申すべきことならで明け暮るるに、思ひ合はせらるることさへあれば、何となるべき世の式とも思えぬに、弥生の始めつかたにや、常よりも御人少なにて、夜の供御などいふこともなくて、二棟(ふたむね)の方へ入らせおはします、御供に召さる。

「いかなることをか」なんど思へども、尽きせずなだらかなる御言葉、言ひ契り給ふも、「『嬉し』とや言はむ、また『わびし』とや言はまし」など思ふに、「ありし夢の後は、わざとこそ言はざりつれ。月を隔てむと待ちつるも、いと心細しや」と仰せらるるにこそ、「されば思し召すやうありけるにこそ」と、あさましかりしか。

違(たが)はず、その月よりただならねば、疑ひ紛るべきことにしなきにつけては、見し夢の名残も、今さら心にかかるぞ、はかなき。

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とかくおもふもかひなくて御心地もをこたりぬれはしよ夜にて/s118r k3-10
まかりいて給にもさすかにのこるおもかけはいとしのひかたきに
いとふしきなりしはまた夜もあけぬさきにおきいててつほね
にうちふしたるに右京の権大夫きよなかを御つかひにてきときと
とめしありよへはひむかしの御かたまいり給きなとしもいそか
るらんたたいまの御つかひならんと心さはきしてまいりたるに
夜そはふけすきしもまつらむかたの心つくしをなとおもひて
ありしもたたよのつねの事ならはかくまて心ありかほにも
あるましきにぬしからのなをさりならすさにおもひゆるして
こそさてもこよひふしきなる夢をこそ見つれいまの五こを
たひつるを我にちとひきかくしてふところに入つるを袖を
ひかへてこれほとこころしりてあるになとかくはといはれて/s118l k3-11

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/118

わひしけにおもひてなみたのこほれつるをはらひてとりいて
たりつるをみれはしろかねにてありけるこほうわうの御物
なれはわかにせんといひてたちなからみるとおもひて夢さめぬ
こよひかならすしるしある事あるらむとおほゆるそもしさも
あらはうたかふ所なきいわねの松をこそなと仰られしか
ともまこととたのむへきにしあらぬにそののちは月たつまてことさら
御言葉にもかからねはとにかくに我あやまちのみあれは
人をうしと申へきことならてあけくるるにおもひあはせらるる
ことさへあれは何となるへき世のしきともおほえぬにやよひ
のはしめつかたにやつねよりも御人すくなにてよるのく御なといふ
こともなくて二むねのかたへいらせおはします御ともにめさるいかなる/s119r k3-12
ことをかなんとおもへともつきせすなたらかなる御こと葉いひ
ちきり給ふもうれしとやいはむ又わひしとやいはましなとおもふ
にありし夢の後はわさとこそいはさりつれ月をへたてむと待
つるもいと心ほそしやとおほせらるるにこそされはおほしめす
やうありけるにこそとあさましかりしかたかはすその月
よりたたならねはうたかひまきるへきことにしなきにつけては
見し夢のなこりもいまさら心にかかるそはかなきさてもさしも/s119l k3-13

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/119

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1)
菅原清長
2)
洞院愔子
3)
「夜べは」は底本「夜そは」。「夜るは」とする説もある。
4)
有明の月
5)
後嵯峨院
text/towazu/towazu3-04.txt · 最終更新: 2019/07/22 17:24 by Satoshi Nakagawa