text:tosanikki:se_tosa43
2月4日 和泉灘
校訂本文
四日、楫取(かぢと)り、「今日、風雲(かぜくも)の気色はなはだ悪し」と言ひて、船出ださずなりぬ。しかれども、終日(ひねもす)に波風立たず。この楫取りは日もえはからぬかたゐなりけり。
この泊(とまり)の浜には、くさぐさのうるわしき貝・石など多かり。かかれば、ただ昔の人1)をのみ恋ひつつ、船なる人の詠める、
寄する波うちも寄せなむわが恋ふる人忘れ貝おりて拾はん
と言へれば、ある人のたへずして、船の心やりに詠める、
忘れ貝拾ひしもせじ白珠を恋ふるをだにも形見と思はむ
となむ言へる。
女子(をんなご)のためには、親幼くなりぬべし。「珠ならずもありけむを」と人言はむや。されども、「死し子の顔よかりき」といふやうもあり。
なほ、同じ所に日を経ることを歎きて、ある女の詠める歌、
手をひてて寒さも知らぬいづみにぞ汲むとはなしに日ごろ経にける
翻刻
四日かちとりけふかせくものけ しきはなはたあしといひて ふねいたさすなりぬしかれとも ひねもすになみかせたたす このかちとりはひもえはからぬ かたゐなりけりこのとまりのはま/kd-38r
にはくさくさのうるわしきかひ いしなとおほかりかかれはたたむか しのひとをのみこひつつふねなる ひとのよめる よするなみうちも よせなむわかこふるひとわすれ かひおりてひろはむといへれは あるひとのたへすしてふねのこころ やりによめる わすれかひひろひし もせししらたまをこふるを/kd-38l
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100421552/38?ln=ja
たにもかたみとおもはむとなむいへる をんなこのためにはおやをさなく なりぬへしたまならすもありけむ をとひといはむやされともしし このかほよかりきといふやうもあり なほおなしところにひをふること をなけきてあるをむなのよめるうた てをひててさむさもしらぬいつ みにそくむとはなしにひころ/kd-39r
へにける/kd-39l
1)
死んだ女児
text/tosanikki/se_tosa43.txt · 最終更新: 2023/10/18 19:19 by Satoshi Nakagawa