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text:tosanikki:se_tosa40

土佐日記

2月1日 和泉灘(黒崎〜箱の浦〜不明)

校訂本文

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二月一日、朝(あした)のま、雨降る。午時(むまとき)ばかりにやみぬれば、和泉の灘といふ所より出でて漕ぎ行く。海の上、昨日のごとくに風波(かぜなみ)見えず。黒崎の松原を経て行く。所(ところ)の名は黒く、松の色は青く、磯の波は雪のごとくに、貝の色は蘇芳(すはう)に、五色にいま一色(ひといろ)ぞ足らぬ。

この間に、今日は箱の浦といふ所より、綱手(つなで)曳きて行く。かく行く間に、ある人の詠める歌、

  玉くしげ箱の浦波立たぬ日は海を鏡と誰か見ざらむ

また船君(ふなぎみ)1)のいはく、「この月までなりぬること」と歎きて、「苦しきに堪へずして、人も言ふこと」とて、心やりに言へる、

  曳く船の綱手や長き春の日を四十日(よそか)五十日(いか)までわれは経にけり

聞く人の思へるやう、「なぞ、ただ言(こと)なる」。ひそかに言ふべし。「船君のからくひねり出だして、『よし』と思へることを。怨(ゑ)じもこそし給(た)べ」とて、つつめきてやみぬ。

にはかに風波(かぜなみ)高ければ、とどまりぬ。

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翻刻

二月一日あしたのまあめふるむま
ときはかりにやみぬれはいつみの
なたといふところよりいててこきゆく
うみのうへきのうふのことくにかせなみ/kd-36r
みえすくろさきのまつはらをへて
ゆくところのなはくろくまつの
いろはあをくいそのなみはゆきの
ことくにかひのいろはすはうに
五色にいまひといろそたらぬこの
あひたにけふははこのうらといふとこ
ろよりつなてひきてゆくかくゆくあ
ひたにあるひとのよめるうたたまく
しけはこのうらなみたたぬひは/kd-36l

https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100421552/36?ln=ja

うみをかかみとたれかみさらむ
またふなきみのいはくこのつきまて
なりぬることとなけきてくるしきに
たへすしてひともいふこととてこころや
りにいへる ひくふねのつなてや
なかきはるのひをよそかいかまて
われはへにけりきくひとのおもへる
やうなそたたことなるひそかにいふ
へしふなきみのからくひねりいた/kd-37r
してよしとおもへることをゑしも
こそしたへとてつつめきてやみぬには
かにかせなみたかけれはととまりぬ/kd-37l

https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100421552/37?ln=ja

1)
紀貫之
text/tosanikki/se_tosa40.txt · 最終更新: 2023/10/01 12:07 by Satoshi Nakagawa