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text:tosanikki:se_tosa20

土佐日記

1月11日 奈半の泊〜羽根

校訂本文

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十一日、暁(あかつき)に船を出だして室津(むろつ)を追ふ。人みなまだ寝たれば、海のありやうも見えず。ただ月をみてぞ、西東(にしひんがし)をば知りける。かかる間に、みな夜明けて、手洗ひ、例のことどもして、昼になりぬ。

今し、羽根(はね)といふ所に来ぬ。若き童(わらは)、この所の名を聞きて、「羽根といふところは、鳥の羽のやうにやある」と言ふ。まだ幼き童のことなれば、人々笑ふ。

ときにありける女童(をんなわらは)なむ、この歌を詠める。

 まことにて名に聞くところ羽ならば飛ぶがごとくに都へもがな

とぞ言へる。男も女も、「いかでとく京へもがな」と思ふ心あれば、この歌よしとにはあらねど、「げに」と思ひて、人々忘れず。

この羽根といふところ問ふ童のついでにぞ、また昔(むかし)へ人1)を思ひ出でて、いづれの時にか忘るる。今日はまして母の悲しがらるることは、下りし時の人の数足らねば、古歌(ふるうた)に、「数は足らでぞ帰るべらなる2)」といふことを思ひ出でて、人の詠める、

  世の中に思ひやれども子を恋ふる思ひにまさる思ひなきかな

と言ひつつなむ。

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翻刻

十一日あかつきにふねをいたしてむろ
つをおふひとみなまたねたれは/kd-20l

https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100421552/20?ln=ja

うみのありやうもみへすたたつき
をみてそにしひんかしをはしり
けるかかるあひたにみなよあけてて
あらひれいのことともしてひるになりぬ
いましはねといふところにきぬわかき
わらはこのところのなをききてはねと
いふところはとりのはねのやうにやあると
いふまたをさなきわらはのことなれは
ひとひとわらふときにありけるをん/kd-21r
なわらはなむこのうたをよめる
まことにてなにきくところはねなら
はとふかことくにみやこへもかなとそ
いへるをとこもをんなもいかてとく京へも
かなとおもふこころあれはこのうたよしとに
はあらねとけにとおもひてひとひとわすれ
すこのはねといふところとふわらはの
ついてにそまたむかしへひとをおもひ
いてていつれのときにかわするるけふは
ましてははのかなしからるることは/kd-21l

https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100421552/21?ln=ja

くたりしときのひとのかすたらねは
ふるうたにかすはたらてそかへるへら
なるといふことをおもひいててひとのよめる
よのなかにおもひやれともこをこふる
おもひにまさるおもひなきかなといひ
つつなむ/kd-22r

https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100421552/22?ln=ja

1)
亡くなった娘
2)
古今和歌集412「北へゆく雁ぞ鳴くなる連れて来し数は足らでぞ帰るべらなる」
text/tosanikki/se_tosa20.txt · 最終更新: 2023/09/10 01:50 by Satoshi Nakagawa