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沙石集
巻6第2話(60) 強盗の法門を問ふ事
校訂本文
鎌倉の若宮に、三井寺法師、実相院の民部阿闍梨円智といふ真言師ありけり。説法なんども尋常なりけるが、ある時、請用して、布施物巨多に取りてけるを、強盗五・六人、かの房にうち入りて、房主を捕へて、布施物を運び取る。
その間、強盗法師一人、この房主に、真言の法門を問答しけり。次第に事相の大事どもを問ふ時、「これは宗の大事なれば、たやすく言ふべからず」と言ふ時、この法師、「さらば御房をあやまち奉るべし」とて、長刀(なぎなた)を胸にさし当てて、「たしかにのたまへ」と言ひけれども、少しも騒がず、「言ふべきほどのことは答へつ。この重(ぢゆう)は、わが宗の大事なり。命惜しとても、いかでか言ふべき」と言ひける時、この法師、「御房は、いみじき仏法者にておはしけり」とて、おほきに随喜して、「運びける用途十結をば、御布施に奉りつるなり」とて、捨てて帰りにけり。
かの不当の心の中に、かやうにしけること、わりなくこそ。これは近きことなり。たしかに聞き伝へて、ある人語り侍りき。
翻刻
強盗之問法門事/k6-211l
鎌倉ノ若宮ニ三井寺法師実相院ノ民部阿闍梨円智ト 云真言師有ケリ説法ナントモ尋常ナリケルカ或ル時請用シテ 布施物巨多ニ取テケルヲ強盗五六人彼房ニ打入テ房主 ヲトラヘテ布施物ヲハコヒトル其間強盗法師一人此房主ニ 真言ノ法門ヲ問答シケリ次第ニ事相ノ大事共ヲ問時是 ハ宗ノ大事ナレハタヤスク云ヘカラスト云時此法師サラハ御 房ヲアヤマチ奉ルヘシトテ長刀ヲ胸ニサシアテテ慥ニノ玉ヘト 云ケレトモ少シモサハカス云ヘキホトノ事ハ答ツコノ重ハ我宗 ノ大事也命オシトテモ争カ云ヘキト云ケル時此法師御房ハ イミシキ仏法者ニテ御座シケリトテ大ニ随喜シテハコヒケル用 途十結ヲハ御布施ニ奉ツル也トテステテ帰ニケリ彼不当ノ 心ノ中ニ加様ニシケル事ワリナクコソ是ハ近キ事也タシカニ聞/k6-212r
ツタヘテ或人カタリ侍リキ/k6-212l
text/shaseki/ko_shaseki06a-02.txt · 最終更新: 2019/01/10 21:20 by Satoshi Nakagawa