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text:shaseki:ko_shaseki05b-21

沙石集

巻5第21話(57) 人の感有る歌

校訂本文

本の裏書にいはく、草本に多くこれ有り。此の本は同法これを書く。皆弁へたり。仍て又書き付く。写す人心に任せて取捨有るべし。 無住八十三。

故鎌倉の右大将1)家、京より、あやめといふはしたものの、美人なりけるを召し下して、隠し置かれたりけるを、梶原の三郎兵衛尉2)、所望して、見たりければ、同じ齢の十七・八ばかりなる女房美女の、見も知らぬを、十人装束させて、並べすゑ置きて、「この中にあやめを見知りたらば給ふべし」と仰せられければ、見分きがたくて、

  薦草(まこもぐさ)あさかの沼に茂りあひていづれかあやめとひきぞわづらふ

と言ひたりける時、あやめ、顔を赤めて、袖を引きつくろひけるを見て、「あれこそ」と申して、やがて賜はりけり。

ある時、覆盆子3)を人の進じたりけるを、「題にて歌つかまつれ」と仰せければ、

  もり山のいちごさかしくなりにけりいかにうばらが嬉しかるらん

建仁寺の本願の談議の座にのぞみて、自業自得果の心を詠みける。

  奥山の杉のむら立ちともすればおのが身よりぞ火を出だしける

翻刻

  人感有歌
       本ノ裏書云草本ニ多有之此本ハ同
       法書之皆弁タリ仍又書付写人任心
       可有取捨     無住八十三
故鎌倉ノ右大将家京ヨリアヤメトイフハシタモノノ美人ナリケ/k5-196r
ルヲメシ下シテカクシヲカレタリケルヲ梶原ノ三郎兵衛尉所望
シテミタリケレハ同シ齢ノ十七八ハカリナル女房美女ノミモシラ
ヌヲ十人装束サセテナラヘスヘヲキテ此中ニアヤメヲ見シリタラ
ハ可給ト仰ラレケレハ見ワキカタクテ
  薦草アサカノヌマニ茂リアヒテイツレカアヤメトヒキソワツラ
フトイヒタリケル時アヤメカホヲアカメテ袖ヲヒキツクロヒケルヲ
見テアレコソト申テヤカテ給リケリ
或時覆盆子ヲ人ノ進タリケルヲ題ニテ歌ツカマツレト仰ケレハ
  モリ山ノイチコサカシクナリニケリイカニウハラカウレシカル
ラン建仁寺ノ本願ノ談議ノ座ニノソミテ自業自得果ノ心ヲ
ヨミケル
  奥山ノ杉ノ村立トモスレハヲノカ身ヨリソ火ヲ出シケル/k5-196l

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1)
源頼朝
2)
梶原景茂
3)
いちご
text/shaseki/ko_shaseki05b-21.txt · 最終更新: 2018/12/25 17:08 by Satoshi Nakagawa