沙石集
巻5第7話(43) 学生の世間無沙汰の事
校訂本文
常州の東城寺に、円幸教王房の法橋とて、寺法師の学生ありけり。他事1)なく正教に眼をさらし、顕密の行怠りなき上人なり。世間のことは、無下に無沙汰なり。
田舎の習ひなれば、田に入れんとて、小法師、糞(こゑ)を馬に付けて行くを見て、制していはく、「何しにその糞を持つぞ。やれ法師が祈りに、仁王経2)を読むぞ。馬の糞に劣る仁王経しもあらんや」とぞ言ひける。
またある時、弟子共3)に語りていはく、「世間の人、愚かにして、もののはかりごと不覚なり。法師、興あること案じ出だしたり。杵一つにて、臼二つ搗(つ)くべきやうあり。一つの臼は常のごとく置き、一つの臼は空に下(しも)にて釣るべし。さて、杵を上げ下(くだ)さんに、二つの臼を搗くべし」と言ふ。弟子のいはく、「上の臼には物がたまり候ふべくばこそ。何を搗き候ふべき」と言へば、「この難こそありけれ」とて、つまりにけり。
洛陽にある女房、世間さかさかしく、世智弁聡なるありけり。常に使ひつけたる女童(めのわらは)に教へけるは、「人の世間は大事なり。人の使(つかひ)などのあらんに、もの食はせんことも、われに言へ。人により折によりて、多くも少なくも食はすべし。ただし、客人などのあらん時、一合二合など言はんもまさなし。『やさしきことには、源氏の言葉』とぞ言へ。源氏の巻の次第を覚えよ。一、桐壺・二、帚木・三、若紫などいふぞかし。されば、『桐壺などにもせよかし』と言はば、一合と心得よ。二・三もかく心得よ」と教へ置きつ。
ある時、客人の女房と、源氏など見て遊びけるに、遠所より急く使ひありけるを、「あの御使には、いかがに候ふべきや」と言ふに、「掃木、若紫」など言ひて、たるたるとして明らかならざりけるを、心地悪しく思ひて、つぶやきける、「あら心づきなの様や。まだこそ、いかなる昔の衣通姫(そとほりひめ)・小野小町といひし人も、源氏が食料(じきれう)にしたること聞かね」と言ひける。
いみじき利口なり。この法橋の小法師も、かくさかさかしくは、「まだこそ、昔の伝教4)・弘法5)も、『仁王経、田の糞に入れよ』といふこと仰せられたること聞かね」と言はましと思え侍り。
翻刻
学生之世間無沙汰事 常州ノ東城寺ニ円幸教王房ノ法橋トテ寺法師ノ学生有 ケリ侘事ナク正教ニ眼ヲサラシ顕密ノ行怠リナキ上人也世 間ノ事ハ無下ニ無沙汰也田舎ノ習ナレハ田ニ入レントテ/k5-169l
小法師糞ヲ馬ニ付テ行ヲ見テ制シテイハクナニシニ其ノコヱヲ モツソヤレ法師カ祈リニ仁王経ヲ読ソ馬ノ糞ニヲトル仁王 経シモアランヤトソ云ケル又或時弟子其ニ語リテ云ク世間 ノ人愚ニシテ物ノ計不覚也法師興アル事案シ出シタリ杵一 ニテ臼二搗ヘキ様アリ一ノ臼ハ常ノコトク置キ一ノウスハ空 ニシモニ向テツルヘシサテ杵ヲアケ下タサンニ二ノ臼ヲツクヘシト イフ弟子ノ云ク上ノ臼ニハ物カタマリ候ヘクハコソナニヲツキ 候ヘキトイヘハ此難コソアリケレトテツマリニケリ洛陽ニ或女 房世間サカサカシク世智弁聡ナルアリケリ常ニ使ヒツケタル女 童ニヲシヘケルハ人ノ世間ハ大事ナリ人ノ使ヒナトノアランニ 物クワセン事モ我ニイヘ人ニヨリ折ニヨリテ多クモ少クモクワス ヘシ但シ客人ナトノアラン時一合二合ナトイハンモマサナシヤ/k5-170r
サシキ事ニハ源氏ノ詞トソイヘ源氏ノ巻ノ次第ヲオホエヨ一 桐壺二掃木三若紫ナトイフソカシサレハ桐壺ナトニモセヨカシ トイハハ一合ト心ヱヨ二三モカク心ヱヨト教ヘヲキツ或時客 人ノ女房ト源氏ナト見テアソヒケルニ遠所ヨリ急ク使アリケ ルヲアノ御使ニハイカカニ候ヘキヤト云ニ掃木若紫ナトイヒテ タルタルトシテ明ラカナラサリケルヲ心地アシク思ヒテツフヤキケル アラ心ツキナノ様ヤマタコソ何ナル昔ノ衣通姫小野小町トイ ヒシ人モ源氏カシキ料ニシタル事聞ネト云ケルイミシキ利口也 コノ法橋ノ小法師モカクサカサカ敷ハマタコソ昔ノ伝教弘法 モ仁王経田ノ糞ニ入ヨトイフ事仰セラレタル事聞ネトイハ マシト覚ヘ侍リ/k5-170l