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沙石集
巻2第2話(12) 薬師の利益の事
校訂本文
常陸の国中郡といふ所に草堂あり。薬師如来を安置す。その堂近き家に、十二・三はかりなる小童(こわらは)ありけり。悪(わろ)き病をして、息絶えにけり。近き野へ捨てつ。一両日、鳥獣も食はず。この薬師、童子を負ひて、家へ具しておはしますと思ひて、よみがへりけり。
薬師をば、地頭家鎌倉へ迎へ奉りて、堂造りなんどして崇め奉り、かの童子は、すでに法師になりて、承仕(ぜうじ)して侍るとなん。
当時のことなり。末代なればとて、感応のむなしきことはあるべからず。文永の末のころにや。一説に弥陀1)と言へり。
尾張の国、熱田2)の社頭に、若き下種男(げすをとこ)、今年十一月十五日、にはかに両目ともに盲(めし)ひてけり。心憂く思えければ、神宮寺に参籠して、薬師如来に祈念す。
次の年、三月十五日夜、夢に一人の僧来たりて、「なんぢ、起きて目見開(あ)けよ、見開けよ」と仰せられければ、「目は盲て候ふ」と申せば、「ただ見開けよ」と仰せらると思ひて、見開けんとするほどに、やがて開きてけり。
盲目になりて後、主人、追ひ捨てたりけるを、目開きて後、また使はんとしけるを、僻事(ひがごと)なりければ、社司、聞きて許してけり。
まのあたり見たる人の説なり。文永年中の事なり。
翻刻
薬師利益事 常陸ノ国中郡ト云所ニ草堂有薬師如来ヲ安置ス其堂チ カキ家ニ十二三ハカリナル小童有ケリワロキ病ヲシテイキ絶ニケ リチカキ野ヘステツ一両日鳥獣モクハス此薬師童子ヲ負テ 家ヘ具シテ御坐スト思テヨミカヘリケリ薬師ヲハ地頭家鎌倉 ヘ迎奉テ堂造ナントシテアカメ奉リ彼童子ハ既ニ法師ニ成 テ承仕シテ侍トナン当時ノ事也末代ナレハトテ感応ノムナシ キ事ハ不可有文永ノ末ノ比ニヤ一説弥陀ト云ヘリ尾張ノ/k2-41l
国熱田ノ社頭ニ若キ下手男今年十一月十五日俄ニ両 目共ニ盲テケリ心ウク覚ケレハ神宮寺ニ参籠シテ薬師如来ニ 祈念ス次年三月十五日夜夢ニ一人ノ僧来テ汝ヲキテ目 見アケヨ見アケヨト被仰ケレハ目ハ盲テ候ト申セハタタミアケヨト仰 ラルト思テ見アケントスルホトニヤカテ開テケリ盲目ニ成テ後主 人追ステタリケルヲ目アキテ後又ツカハントシケルヲ僻事也ケレ ハ社司キキテユルシテケリマノアタリ見タル人ノ説ナリ文永年 中ノ事ナリ/k2-42r
text/shaseki/ko_shaseki02a-02.txt · 最終更新: 2018/07/25 12:37 by Satoshi Nakagawa