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text:shaseki:ko_shaseki01a-02

沙石集

巻1第2話(2) 笠置解脱房上人、太神宮参詣の事

校訂本文

同じき神官1)の語りしは、

「故笠置上人(もとかさぎのしやうにん)2)、菩提心祈請のために、八幡3)に参籠す。示現に、『わが力にはかなひがたし。太神宮4)へ参りて申し給へ』と、夢の中に御告げありて、道の様(やう)くはしく教へさせ給ひけり。

さて、夢の中に参り給ひけるほどに、外宮の南の山をすぐに越えて参り給ふ。山の頂(いただき)に池あり。大小の蓮華、池に満ちたり。あるいは開きたる花、つぼめる花、色香まことに妙なり。傍らに人ありて言ふやう、『この蓮華は、当社の神官の、すでに往生したるは開きたり。往生すべきはつぼめり。和光の方便にて、多くは往生するなり。あのつぼめる蓮華の大きなるは、経基(つねもと)の禰宜と申すが、往生すべき花なり』と語る。さて、御社へ参りて、法施(ほつせ)奉るとぞ見給ひける。

夢覚めて、やがて負(おひ)うちかけて、ただ一人、夢にまかせて参り給ふに、少しも道すがら夢に違(たが)はず。ただし、外宮の南の山の麓(ふもと)をめぐりて、大道ありて、山の路はなし。これのみぞ違ひたりける。社壇の体は夢に違はず。

さて、若き俗のありけるを、招き寄せて、まづ夢に見し禰宜のことを問ひ給ふ。『これに経基と申す禰宜やおはする』とのたまふに、『某(それがし)申すこそ、さは名乗り候へ。禰宜にはなるべき者にて候へども、当時は禰宜にては侍らず』と言ふ。さて、金を三両、負の中より取出でて奉らる。やがて、かの俗の家に宿(しゅく)して、社頭のやうなんど細かに問ひ給ひけり。『われ、今度、生死出離せずして、人間に生まれば、当社の神官と生まれて、和光の方便を仰ぐべし』と誓ひ給ひける」

と、語り侍りき。

かの経基に親しき神官が語りしかば、たしかのことにこそ。年久しくなれりといへども、このこと、耳底(にてい)に留まつて忘れず。よつて、これを記(き)す。

翻刻

  笠置解脱房上人太神宮参詣事
同神官ノ語シハ故笠置上人菩提心祈請ノタメニ八幡ニ参/k1-6l

https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=5&r=0&xywh=-3040%2C436%2C6866%2C3579

籠ス示現ニ我力ニハカナヒカタシ太神宮ヘ参テ申給ヘト夢ノ
中ニ御告アリテ道ノ様委クヲシヘサセ給ケリサテ夢ノ中ニ参リ
給ケルホドニ外宮ノ南ノ山ヲスグニ越テ参給山ノ頂ニ池有大
小ノレンゲ池ニミチタリ或ハ開タル花ツボメル花色香マコトニ妙
ナリカタハラニ人アリテイフヤウ此蓮華ハ当社ノ神官ノ既ニ往
生シタルハ開タリ往生スベキハツボメリ和光ノ方便ニテ多クハ
往生スルナリアノツボメル蓮華ノ大キナルハ経基ノ禰宜ト申カ
往生スベキ花也トカタルサテ御社ヘ参テ法施タテマツルトゾ見
給ケル夢サメテヤガテ負打カケテ只一人ユメニマカセテ参リ給フ
ニスコシモミチスガラ夢ニタガハズタダシ外宮ノ南ノ山ノ麓ヲメグ
リテ大道有テ山ノ路ハナシコレノミゾタガヒタリケル社壇ノ体ハ
ユメニタガハズサテワカキ俗ノ有リケルヲマネキヨセテマヅユメニミシ/k1-7r
禰宜ノ事ヲ問給コレニ経基ト申ネギヤオハスルトノ給ニ某申コ
ソ左ハ名ノリ候ヘ禰宜ニハ成ベキ者ニテ候ヘドモ当時ハネキニ
テハ侍ラズトイフサテ金ヲ三両負ノ中ヨリトリイデテタテマツラル
ヤガテ彼俗ノ家ニ宿シテ社頭ノ様ナンドコマカニ問給ヒケリ我
今度生死出離セズシテ人間ニ生レハ当社ノ神官トムマレテ和
光ノ方便ヲ仰クベシトチカヒ給ケルトカタリ侍キカノ経基ニシタ
シキ神官カ語シカハ慥ノ事ニコソ年久ナレリト云ヘドモ此事耳
底ニ留テ不忘仍記之/k1-7l

https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=6&r=0&xywh=-1911%2C475%2C5397%2C3188

2)
貞慶
3)
石清水八幡宮
4)
伊勢神宮
text/shaseki/ko_shaseki01a-02.txt · 最終更新: 2018/06/30 19:18 by Satoshi Nakagawa