text:sesuisho:n_sesuisho3-040
醒睡笑 巻3 不文字
21 月迫になり殿の台所ととのひがたし・・・
校訂本文
月迫(げつぱく)になり、殿の台所ととのひがたし。せんかたなさに家老(からう)の人たくみ出だし、有力(いうりよく)なる百姓のもとへ行き、「そちは貞心(ていしん)にことを沙汰する条、重宝の者なり。歳の暮れの祝ひに名字をつかはすべき旨なり。めでたきことや」と言ふ。「いや、ただ今の分にて、御許容(ごきよよう)あるやうに御とりなしを頼む」と言へど、とかく言ひなし、同心させけり。
「さりながら、それは礼儀いかほどいり候はんや」と尋ぬる時、「三十石ほどがよからう」とあれば、なかなか隔心(きやくしん)の気色(けしき)なるまま、「さらば二十石にても苦しかるまじき」になりぬ。「さて、名字は野々村といふべし」と1)。
「さらば御礼申さん」と、老父名代(みやうだい)に惣領(そうりよう)をつかはす。遠侍(とほざむらひ)までは伴(とも)せしが、かの家老が袖をひかへ、「是非きはまるところ、十石になされよ。よく思案つかまつるに、野々村と賜はりても、野々は生得(しやうとく)家に伝はる。村ばかりこそくださけれ。十石のほかはととのへまい」とぞ申しける。
翻刻
一 月迫(けつはく)になり殿の台所ととのひかたしせんかた なさに家老の人たくみ出し有力(ゆうりよく)なる百姓 のもとへ行そちは貞心(ていしん)に事をさたする条重(てう) 宝(ほう)の者也歳の暮の祝に名字を遣へき 旨也目出度事やといふいやたた今の分にて 御許容(きよよう)あるやうに御取成を頼むといへと とかくいひなし同心させけりさりなからそれは 礼義いかほと入候はんやとたつぬる時卅石ほとか/n3-19r
よからふとあれは中々隔心のけしきなるまま さらば廿石にてもくるしかるましきになりぬ 扨名字は野々村といふべしをさらは御礼申 さんと老父名代に惣領をつかはす遠侍まては 伴せしか彼家老か袖をひかへ是非きはまる処 十石になされよよく思案(しあん)仕るに野々村とたま はりても野々は生得家に伝はる村はかりこそ くたさけれ十石の外はととのへまいとそ申ける/n3-19l
1)
「と」は底本「を」。諸本により訂正。
text/sesuisho/n_sesuisho3-040.txt · 最終更新: 2021/10/01 22:23 by Satoshi Nakagawa