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text:sesuisho:n_sesuisho3-012

醒睡笑 巻3 文字知り顔

12 ある武将の裏方に瘧をわづらへることあり・・・

校訂本文

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ある武将の裏方1)に、瘧(おこり)をわづらへることあり。侍を使として医者のもとへ、「文までもなし。『女ども瘧病(ぎやへい)にいたはりぬる間、薬調合の儀頼む」と言へ」。「かしこまり候ふ」とて立ちけるが、うち忘れ、次にて、「瘧(おこり)の名は別(べち)になきか」と問ふ。「『ぎやへい』と言ふぞ」。

うなづき行き、医師(くすし)に向ひ、「ぎやていの薬を」と申しけり。をかしく思ひ、「腹(はら)ぎやてい2)か、はらそうぎやてい3)か、忘れぬ」と言はるれば、「さること候ふ。右の脇ちと痛くて、後ふるい給ふ間、さだめてはらぎやていにて候ふべし」。「心得たり」とて、薬をつかはしたれば、本復(ほんぷく)してんげり。

医者、武将に会うて、右の趣(おもむき)を語りけるに、「沙汰のかぎり、そいつは『観音経』4)一部言うてあつた」と。

始めより「おこり」と言ふがよからん。いらぬ御使(おつかひ)のこびたるにて、主殿(しうどの)まで恥をかかれた5)

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一 ある武将(しやう)のこしがたに瘧(おこり)をわつらへる事有
  侍を使として医者のもとへ文までもなし
  女共瘧病(ぎやへい)にいたはりぬる間薬調合の義
  たのむといへ畏候とてたちけるが打わすれ次
  にて瘧(おこり)の名はべちになきかととふきやへいと
  云ぞうなづき行くすしにむかひきやていの薬
  をと申けりおかしく思ひ腹(はら)きやていかはらそう/n3-8r
  ぎやていか忘れぬといはるれはさる事候右の脇(はき)
  ちといたくて後ふるい給ふ間さためてはらぎや
  ていにて候へし心得たりとて薬を遣(つかは)したれば
  本復してんけり医者(いしや)武将にあふて右の趣
  をかたりけるにさたのかぎりそいつは観音経を
  一部いふてあつたと
   始よりおこりといふかよからんいらぬ御使のこびたるにて主(しう)殿まてはぢをかかれた/n3-8l
1)
「裏方」は底本「こしがた」。諸本により訂正。
2)
波羅羯諦。『般若心経』の呪。
3)
波羅僧羯諦。『般若心経』の呪。
4)
『法華経』普門品。
5)
この文、底本は一字下げで小書き。
text/sesuisho/n_sesuisho3-012.txt · 最終更新: 2021/09/18 12:50 by Satoshi Nakagawa