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醒睡笑 巻1 謂へば謂はるる物の由来
33 あはてふためき前後を忘じたるをとち目になつて尋ねたは・・・
校訂本文
あはてふためき前後を忘(ばう)じたるを、「とち目になつて尋ねたは」、「とち目になつて走り歩(あり)きたるは」など言ふこと、何のゆゑぞや。
昔、ある者、木から落ちて目をつき破り悲しめば、人、かれをあはれみ物を取らする。さるほどに、はじめよりも富貴になりぬ。
うつけ、これを見、うらやましき心出で来、わざと山に行き、無理に落ちたれば、不思議に大きなる岩に頭(あたま)の当り、打ち割り、目の玉抜けたり。探りて見、肝をつぶし、玉を尋ね這ひ回るに、折節橡(とち)1)一つ手に当たるを玉と思ひ、押し入れたる。本(ほん)の玉にはなかりしを入れたれば、とち目になりたることよ。あまり痛み悲しみ泣きゐければ、橡ほどの涙を流すともいふよし。
翻刻
一 あはてふためき前後を忘(はう)したるをとち目 になつてたづねたはとちめになつてはしり ありきたるはなといふ事なむのゆへそや昔 あるもの木から落て目をつきやぶりかなしめは 人かれをあはれみ物をとらするさるほどにはじ/n1-16r
めよりも富貴になりぬうつけ是を見うら 山しき心出来態(わざと)山に行無理に落たれは不 思議に大なる岩にあたまのあたりうちわ り目の玉ぬけたりさくりて見肝をつふし 玉をたづねはひまはるに折ふし橡(とち)一つ手に あたるを玉とおもひ押入たるほんの玉にはな かりしをいれたればとちめになりたる事よあ まりいたみかなしみなきゐけれはとちほどの 涙をなかすともいふよし/n1-16l
1)
トチ(橡・栃)の実
text/sesuisho/n_sesuisho1-033.txt · 最終更新: 2021/04/07 21:17 by Satoshi Nakagawa