text:senjusho:m_senjusho08-19
撰集抄
巻8第19話(94) 実方(歌)
校訂本文
昔、殿上のおのこども、「花見む」とて、東山におはしたりけるに、にはかに心なき雨降りて、人々げにさはぎ給へりけるに、実方の中将1)、いとさはがず、木の本に立ち寄りて、
桜がり雨は降りきぬ同じくは濡るとも花のかげにやどらん
と読みて、隠れ給はざりければ、花より漏り下る雨にさながら濡れて、装束しぼりかね侍り。このこと、興あるごとに、人々思ひあはれけり。
またの日、斉信の大納言2)、主上に、「かかるおもしろきことの侍りし」と奏せらるるに、行成3)、その時蔵人頭にておはしけるが、「歌はおもしろし、実方はをこなり」とのたまひてけり。
この言葉を実方も聞き給ひて、深く恨みをふくみ給ふぞと、聞こえ侍る。
翻刻
昔殿上のおのことも花見むとて東山におは したりけるに俄心なき雨ふりて人々けにさは き給へりけるに実方の中将いとさはかす木 の本に立寄て 桜かり雨はふりきぬおなしくは ぬるとも花のかけにやとらん と読てかくれ給はさりけれは花よりもりくたる 雨にさなからぬれて装束しほりかね侍り此事 有興ことに人々おもひあはれけりまたの/k247l
日斉信の大納言主上にかかる面白きことの侍しと 奏せらるるに行成その時蔵人頭にておはしける か哥は面白し実方はをこなりとの給て けり此詞を実方もきき給て深く恨をふくみ 給そと聞え侍る待賢門院かくれさせ給て/k248r
text/senjusho/m_senjusho08-19.txt · 最終更新: 2016/09/14 21:29 by Satoshi Nakagawa