text:senjusho:m_senjusho08-03
撰集抄
巻8第3話(78) ※前話のつづき
校訂本文
延喜の初めつかた、都良香、如月の十日ごろ、内へ参れりけるに、朱雀門のほとりにて、春風に青柳のなびきけるを見て、
気霽風櫛新柳髪
と詠じて、「下の句を言はん」とて、うち案ぜるに、朱雀門の上より、赤鬼の白褌(しろたふさぎ)して、もの怖しげなるが、大きなる声して、
水消波洗旧苔鬚1)
と付けて、かき消すごとくに失せにけりとなん。
この詩、意・詞、たぐひなくぞ侍る。げに、風、大虚に吹けば、気は四方(よも)にはれて、青柳、髪と見えて、風にけづれり。初め気2)はるる春にしあれば、新柳といふも心よろしきなるべし。
鬼の付くる下の句、またありがたくぞ侍るべき。水は氷に閉ぢられて、みぎはの旧苔すすがるる世もなきを、気はれて新柳、風に3)けづる。春は氷開けて、苔の根やや水に洗はれて、柳を髪とすれば、苔、髭(ひげ)とする。草木の本末なる心までこめたり。かへすがへす、おもしろく侍り。
翻刻
延喜の初つかた都良香きさらきの十日比内へまい れりけるに朱雀門の辺にて春風に青柳の なひきけるをみて気霽風櫛新柳髪と詠 して下句をいはんとてうちあんせるに朱雀門 の上より赤鬼の白たうさきしてものおそろ/k234l
しけなるか大なる声して水消波洗旧苔髪 と付てかきけすことくにうせにけりとなん 此詩意詞たくひなくそ侍るけに風大虚に吹は 気はよもにはれてあをやき髪とみえて風にけ つれり初木はるる春にしあれは新柳と云も心 宜きなるへし鬼の付る下句又ありかたくそ侍へ き水は氷に閉られてみきはの旧苔すすかるる世 もなきを気はれて新柳風もけつる春は氷ひら けて苔の根やや水にあらはれて柳をかみとすれ は苔ひけとする草木の本末なる心まてこめ/k235r
たり返々面白く侍り/k235l
text/senjusho/m_senjusho08-03.txt · 最終更新: 2020/05/07 11:13 by Satoshi Nakagawa