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text:mumyosho:u_mumyosho053

無名抄

第53話 範兼家会優なる事

校訂本文

範兼家会優なる事

俊恵いはく、「和歌会の有様(ありさま)の、げにげにしく優に思えし事は、次の所にとりては、近くは範兼卿の家の会のやうなることはなし。亭主のさる人にて、いみじうもてなして、ことに触れつつ、れうじならず。人に恥ぢ道を執して、讃(ほ)むべきをば感じ、謗(そし)るべきをば難じ、ことごとにはえ1)ありて、乱れがはしきことゆめにもなかりしかば、さし入る人も皆その趣(おもむき)に従ひて、『いかでよろしく詠み出でん』と思へりき。されば、よき歌も出で来、はかなく珍しき一節(ひとふし)を思ひ寄れるにつけても、かひがひしき心地して、いさましくなんありし。兼日の会には、皆歌を懐中して、当日の儀いたづらに程を経ることなし。もし当座に会あれば、おのおの所々(ところどころ)にさし退きつつ、沈思しあひたるさまなどまえも、艶(えん)にあらまほしく侍りしかば、させることなき歌も、ことがらに飾られて2)3)に聞こえ侍りき。4)

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範兼家会優ナル事
俊恵云和哥会のありさまのけにけにしくいふに/e45l
おほえし事はつきのところにとりてはちかくは
範兼卿の家の会のやうなることはなし亭主の
さる人にていみしうもてなしてことにふれつつ
れうしならす人にはち道を執してほむへき
をは感しそしるへきをは難しことことにゑあ
りてみたれかはしきことゆめにもなかりしかは
さしいる人もみなそのおもむきにしたかひて
いかてよろしくよみいてんと思へりきされはよき
歌もいてきはかなくめつらしきひとふしをおも
ひよれるにつけてもかひかひしき心地していさ
ましくなんありし兼日の会にはみな哥を/e46r
懐中して当日の儀いたつらにほとをふること
なしもし当座に会あれはおのおのところところに
さしのきつつ沈思しあひたるさまなとまても
ゑむにあらまほしく侍しかはさせることなき哥
もことからにあさられて念にきこえ侍き/e46l
1)
「はえ」は、底本「ゑ」。諸本により訂正
2)
「飾られて」は、底本「あさられて」。諸本により訂正。
3)
「艶」は底本「念」。諸本により訂正。
text/mumyosho/u_mumyosho053.txt · 最終更新: 2014/10/02 21:04 by Satoshi Nakagawa