text:mumyosho:u_mumyosho009
無名抄
第9話 鳰の浮巣
校訂本文
鳰の浮巣
同じ度(たび)、「水鳥近く馴る」といふ題に、同人、
子を思ふ鳰(にほ)の浮き巣の揺られ来て捨てじとすれやみ隠れもせぬ
1)この歌、「めづらし」とて勝ちにき。祐盛法師、これを見て、大きに難云。「鳰の浮巣のやうをえ知られぬにこそ。かの浮巣は揺られ歩(あり)くべき物にあらず。海の潮は満ち干る物なれば、それを知りて、鳰の巣をくふには葦の茎を中に籠めて、しかもかれをばくつろげて、めぐりにくひたれば、潮満ては上(かみ)へ上がり、潮干れば随ひて下るなり。ひとへに揺られ歩かむには、風吹かばいづくともなく揺られ出て、大波にも砕かれ、人にも取られぬべし」。
されど、その座に知れる人のなかりけるにこそ。勝に定められにければ、「いふかひなし」とぞ申し侍りし。
翻刻
心はかりはおほえ侍しとそ俊恵かたり侍しをな したひ水鳥ちかくなるといふ題に同人 子をおもふにほのうきすのゆられきて すてしとすれやみかくれもせぬ ニホノウキス 此謌めつらしとてかちにき祐盛法師これをみて おほきに難云にほのうきすのやうをゑしられぬにこ そかのうきすはゆられありくへき物にあらす海/e10r
のしほはみちひる物なれはそれをしりてにほの すをくふにはあしのくきをなかにこめてしかも かれをはくつろけてめくりにくひたれはしほみては かみへあかりしほひれはしたかひてくたる也ひとへに ゆられありかむには風ふかはいつくともなくゆられ出て おほなみにもくたかれ人にもとられぬへしされと その座にしれる人のなかりけるにこそかちにさた められにけれはいふかひなしとそ申侍し/e10l
1)
底本、ここに「ニホノウキス」と標題。
text/mumyosho/u_mumyosho009.txt · 最終更新: 2014/09/13 18:17 by Satoshi Nakagawa