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蒙求和歌
第11第5話(155) 紀信詐帝
校訂本文
紀信詐帝
紀信は漢祖1)の将軍なり。容貌、漢祖に似たり。
漢祖、滎陽2)にて、項羽に囲(かく)まれて、危ふく見えける時、紀信、進みていはく、「事すみやかなり。われ、君(きみ)に代はりて、王車に乗らむ。項羽、われを高祖と思ひて、われにかからむ折、君は逃れ給へ」と言ひて、車に乗り代りぬ。
漢祖、食尽きて、楚に下し給ふよしを言ひなすに、項羽、喜びて、あたりを捨てて、車を囲(かこ)めり。高祖、そのひまに逃れぬ。革車、すでに近付き来たれり。高祖にはあらずして、紀信なりけり。
項羽、その心を讃めて、「なんぢをわが方(かた)の将とせむ」と言ふに、紀信がいはく、「忠臣は二主に事(つか)へず。勇士は謟言を得ず。なんぢ、まさに漢に降せよ」と言ふに、項羽、怒りて、紀信を殺さむとするに、悔ゆる心なし。身を任せて焼き3)殺されぬ。
立ち昇る煙(けぶり)を見てぞ身にかへて思ひけりとは思ひ知りける
翻刻
紀信詐(サ)帝(テイ) 〃〃ハ漢祖ノ将軍也容皃漢祖/ニニタリ漢祖熒楊ニテ項羽ニカク マレテアヤウクミエケルトキ紀信ススミテ云ク事スミ ヤカナリワレキミニカハリテ王車ニノラム項羽ワレヲ高 祖ト思ヒテワレニカカラムヲリキミハノカレ給ヘト云テ 車ニノリカハリヌ漢祖食ツキテ楚ニクタシ タマフヨシヲイヒナスニ項羽ヨロコヒテアタリヲステテ 車ヲカコメリ高祖ソノヒマニノカレヌ革車ステニチ カツキキタレリ高祖ニハアラスシテ紀信ナリケリ項 羽ソノ心ヲホメテナムチヲワカカタノ将トセムトイフニ紀 信カ云ク忠臣ハ不事二主勇士ハ不得謟言汝マサニ 漢ニ降セヨト云ニ項羽イカリテ紀信ヲコロサムトスルニク ユル心ナシミヲマカセテカキコロサレヌ タチノホルケフリヲミテソミニカヘテ思ヒケリトハ思ヒシリケル/d2-20r
text/mogyuwaka/ndl_mogyuwaka11-05.txt · 最終更新: 2018/02/13 16:06 by Satoshi Nakagawa