ユーザ用ツール

サイト用ツール


text:kohon:kohon063

古本説話集

第63話 龍樹菩薩、先生に隠蓑笠を以て后妃を犯す事

龍樹菩薩先生以隠蓑笠犯后妃事

龍樹菩薩、先生に隠蓑笠を以て后妃を犯す事

校訂本文

今は昔、龍樹菩薩、ただの人におはしける時、俗三人を語らひ合はせて、隠れ蓑の薬を作る。その薬を作るやうは、宿木を三寸に切りて、陰に三百日干して、それをもちて作る。その法を習ひて作りけるなり。その木を髻(もとどり)にたもちてすれば、隠れ蓑のやうに形を隠すなり。

さて、この三人の俗、心を合はせて、このかたちを頭(かうべ)にして1)、王宮に入りぬ。もろもろの后犯す。后たちは、目に見えぬ物の、忍びて寄り来るよしを御門に申す。

時に御門、賢くおはしける御門にて、「この物は、形を隠してある薬を作りてある物どもなり。すべきやうは、灰を隙なく宮の内に撒きてん。さらば、身は隠す物なりとも、足形付きて、行かん所はしるく現れなむ」とかまへられて、灰を召して隙なく撒かれて、この三人の物どもの宮の内にある折に、この灰を撒きこめつれば、足形の現るるに従ひて、太刀抜きたる物どもを入れて、足形付く所を推し量りに切りければ、二人は切り伏せつ。

いま一人は、后の御裳(も)の裾をひきかづきて、伏し給ひて、多くの願を立て給ふ。その験(しるし)にやあらん、二人を切り伏せてければ、「二人こそありけれ」とて去りぬ。

その後、人間(ひとま)をはかりて、この龍樹菩薩は、賢く宮の内を逃げ給ひて、法師になり給ひて、かく龍樹菩薩とは崇められ給ふなりけり。されは、もとは俗にてぞ。

翻刻

いまはむかしりうす菩薩たたの人に
おはしけるときそく三人をかたらひあはせ
てかくれみののくすりをつくるそのくすり
をつくるやうはやとり木を三寸にきりてかけに
三百日ほしてそれをもちてつくるそのほう
をならひてつくりける也その木をもととりにた/b224 e115
もちてすれはかくれみののやうにかたちをかくすな
りさてこの三人のそく心をあはせてこのかた
ちをかうへにして王宮にいりぬもろもろのきさき
をかすきさきたちはめにみえぬ物のしのひてよ
りくるよしをみかとに申時に御かとかしこく
をはしける御かとにてこの物はかたちをかくして
あるくすりをつくりてある物とも也すへきやうは
はいをひまなく宮のうちにまきてん
さらは身はかくす物なりともあしかたつきてゆか
ん所はしるくあらはれなむとかまへられてはひを/b225 e115
めしてひまなくまかれてこの三人の物とも
のみやのうちにあるをりにこのはひをまきこ
めつれはあしかたのあらはるるにしたかひてたち
ぬきたる物ともをいれてあしかたつく所ををし
はかりにきりけれは二人はきりふせついま一人は
きさきの御ものすそをひきかつきてふし給て
おほくの願をたて給ふそのしるしにやあらん
二人をきりふせてけれは二人こそありけれとて
さりぬそののち人まをはかりてこのりうすほさつは
かしこく宮のうちをにけ給てほうしになり給て/b226 e116
かくりうすほさつとはあかめられ給なりけり
されはもとはそくにてそ/b227 e116
1)
『今昔物語集』4-24「此の隠形の薬を頭に差て」。『打聞集』「かの陰形の薬を首に差て」
text/kohon/kohon063.txt · 最終更新: 2016/08/12 00:24 by Satoshi Nakagawa