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text:karakagami:m_karakagami2-01

唐鏡 第二 周の始めより秦にいたる

1 周 文王

校訂本文

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殷の次の国をば周と申しき。木徳。文王昌1)は帝嚳(ていこく)の後、王季2)の子なり。母をば太任(たいにん)3)と申す。長人おのれを感ずと夢に見て、はらみ給へり。目に悪しき色を見ず、耳に淫声(いんせい)を聞かずして、文王を生み給へり。

龍顔にて虎の肩ます。身のたけ十尺、胸に四の乳(ち)ます。老人を敬ひ少(をさな)き者をあはれび給ひ、賢人を礼して、日中までに食せずして、士4)をば待ち給ひける。されば、遺賢(いけん)・遺老(いらう)も山より野より出でて、みな参りて、帰し奉らずといふことなし。

八十一の年、紂がために羑里にとらはれて、易の5)の八卦を増して、六十四卦にぞなし給ひし。

虞芮(ぐぜい)の人とも獄(うたへ)ありて、決することあたはざりし。文王の賢を聞き奉りて、みな6)7)思ひて、獄をやめてぞ帰りざりける。

長子をは伯考(はくかう)8)と申しき。殷9)の国の質10)として、紂が御たりき。紂、是を烹(に)11)て、羹(あつもの)として文王に賜ふ。文王、これを食し給ひぬ12)。その時、紂が言葉には、「誰か文王をば聖人といふべき。その子の羹を食して知らず」とぞ笑ひける。後には天下を三つに分けて、文王は二つをぞたもち給ふ。

13)赤雀出で来て、丹書を含みて、文王のまします戸にぞ留りける。日月の光、身につくとぞ夢に身給ひし。

狩りに出で給はんとしけるに、卜するに、「狩るところ、竜にもあらじ、虎にもあらじ、熊にもあらじ、羆(ひぐま)にもあらじ。獲給はん所は、覇王の輔ならん」と言へり。狩りし給ふに、はたして太公14)に渭水の陽に遇ひぬ。ともに語りて大きに喜びて曰く、「吾、太公子を望むこと久し。号して太公望」と言ひて、車の右に載せて、ともに還り給ひて、師とぞせさせ給ひし。

また霊台を作らんとて地を堀るに、死人の骨あり。さらに葬らんとす。吏の申さく「これ主なし」。文王の曰く、「天下を保つ物は天下の主なり。一国を保つ者は一国の主なり。われまたその主にあらずや。また何ぞ15)主を求むべき」とて、つひに葬(はふ)らる。

天下の人のいはく、恩朽(おんきう)16)骨(こつ)におよべり。いはんや人においてをや。御年は九十七。文王は諡号(しがう)なり。

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唐鏡第二
 周の始より秦にいたる
殷(イン)の次国をは周と申き木徳(ホクトク)文王昌は帝嚳(テイコク)の後王季
の子なり母をは大妊(タイニン)と申す長人をのれを感と夢にみてはら
み給へり目にあしきいろをみす耳に淫声(インセイ)をきかすして
文王をうみ給へり龍顔にて虎(トラ)の肩ます身のたけ十尺胸に
四の乳(チ)ます老人をうやまひ少きものをあはれひ給ひ賢人を
礼して日中まてに食せすして士(シ・ヲノコ)をは待給けるされは遺賢(イケン)
遺老(イラウ)も山より野より出て皆まいりて帰(クイ)し奉らすと
いふことなし八十(囚牖里事)一の年紂(イニカタメニ牖里ニトラハレテ易ノ)の八卦をまして/s32l・m55

https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100182414/viewer/32

六十四卦にそなし給し虞芮(グゼイ)の人とも獄(ウタヘ)ありて決すること
あたはさりし文王の賢をききたてまつりて(皆イ)慚(ハ・サン)おもひ
て獄をやめてそかへりさりける長子をは伯考(ハクカウ)(イニ伯邑考)と申き殷(ヱイ)(衛イニ)の
国の質(シチ・スガタ)として紂か御たりき紂是を烹(カウ)てあつものとして
文王にたまふ文王これを食し給(ヌイ)其時紂かことはには誰か
文王をは聖人といふへき其子のあつものを食てしらすとそ
わらひける後には天下を三に分て文王は二をそたもち給○主
をもとむへきとて遂(ツヰ)に葬(ハウ)らる天下の人のいはく恩朽(オンキウ)
骨(コツ)にをよへり況や人におゐてをや御年は九十七文王は
諡号(シカウ)なり
○イニ赤雀出来テ丹書
ヲ含テ文王ノマシマ
ス戸ニソ留リケル
日月ノ光身ニツク
トソ夢ニ見給シ
狩ニ出玉
ハントシケル
ニ卜スルニ
所狩竜ニモアラシ
虎ニモアラシ熊ニモ
アラシ羆ニモアラシ獲玉ハン所ハ覇王ノ輔ナラントイヘリ狩シ給ニハタシテ太公ニ渭水ノ陽ニ遇ヌトモニ語テ大ニ喜テ曰ク
吾太公子ヲ望事ヒサシ号シテ太公望ト云テ車ノ右ニ載テトモニ還給テ師トソセサセ給シ又霊臺ヲ作ラントテ地
ヲ堀ルニ死人ノ骨アリ更ニ葬ラントス吏ノ申サク是主ナシ文王ノ曰ク天下ヲ保ツ物ハ天下ノ主也一国ヲ保者ハ一国ノ主/s33r・m56
也我又其主ニアラスヤ又何ソ/s33l・m57

https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100182414/viewer/33

1)
姫昌
2)
季歴
3)
底本表記「大妊」。
4)
底本「シ・ヲノコ」と読み仮名。
5)
「がため」から「とらはれて」まで底本なし。異本注記に従い補入した。
6)
底本「みな」なし。異本注記による。
7)
底本「ハ・サン」と読み仮名。
8)
底本「伯邑考」と異本注記。
9)
底本「ヱイ」と読み仮名。「衛」と異本注記。
10)
底本「シチ・スガタ」と読み仮名。
11)
底本「カウ」と読み仮名。
12)
「給」の次は判読できない。「ぬ」は異本注記による。
13)
以下、「また何ぞ」まで底本本文を欠く。底本の異本注記により補入。
14)
呂尚
15)
「赤雀」からここまで底本本文を欠く。底本の異本注記により補入。
16)
底本「朽」に「枯」と異本表記。
text/karakagami/m_karakagami2-01.txt · 最終更新: 2022/11/03 21:26 by Satoshi Nakagawa