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text:kara:m_kara011

唐物語

第11話 秦の穆公の娘に弄玉と申す人ありけり・・・(簫史)

校訂本文

昔、秦の穆公の娘に弄玉と申す人ありけり。秋の月のさやけくくまなきに心を澄まして、全(また)く世の事にほだされず。また、簫史といふ楽人あり。秋月清くすさまじき曙(あけぼの)に簫を吹く声(こゑ)、あはれにかなしき事限りなし。

弄玉、それにや心を移しけん。進みて逢ひ給ひにけり。世の1)あさましきことに思ひ謗(そし)りけれど、いかにも苦しと思えず、ただもろともに台(うてな)の上にて簫を吹き、月をのみ眺め給ふこと二心(ふたごころ)なし。

鳳凰といふ鳥、飛び来たりてなむこれを聞きける。月やうやく西に傾(かたぶ)きて、山の端(は)近くなるほどに、心やいさぎよかりけん、簫史・弄玉二人の人を具して、むなしき空に飛び上りぬ。

  たぐひなく月に心を澄ましつつ雲に入りにし人もありけり

むなしき空に立ち昇るばかり心の澄みけんも例(ためし)なくぞ。また簫の声に賞でて、人の嘲りを忘れ給けんも、好ける御心の根(ね)、推し量られていといみじ。

翻刻

むかし秦穆公のむすめに弄玉と申人ありけり
秋の月のさやけくくまなきに心をすまして/m332
またくよの事にほたされす又簫史(ショウシ)といふ楽
人あり秋月きよくすさましきあけほの
に簫をふくこゑあはれにかなしき事かきり
なし弄玉それにや心をうつしけんすすみてあ
ひ給にけりよのあさましき事に思そしり
けれといかにもくるしとおほえすたたもろとも
に台のうへにてせうをふき月をのみなかめ
給事ふた心なしほうわうといふ鳥とひきた
りてなむこれをききける月やうやくにし
にかたふきて山のはちかくなる程に心やい/m333
さきよかりけん簫史弄玉ふたりの人をくし
てむなしきそらにとひあかりぬ
  たくひなく月にこころをすましつつ
  雲にいりにし人もありけり
むなしきそらにたちのほるはかり心のすみ
けんもためしなくそ又せうのこゑにめてて人の
あさけりをわすれ給けんもすける御心のね
をしはかられていといみし/m334
1)
「世の人」か
text/kara/m_kara011.txt · 最終更新: 2014/12/04 23:59 by Satoshi Nakagawa