十訓抄 第十 才芸を庶幾すべき事
10の76 後冷泉院の御時源中納言経衡卿検非違使別当にて・・・
校訂本文
後冷泉院1)の御時、源中納言経衡卿2)、検非違使別当にて、十五年まで使庁を行はれけり。
あるとき、左獄近く炎上ありて、火すでに獄舎に移りなんとしける時、検非違使の、犯人を出だすべきのよし、申しければ、別当、のたまひけるは、「御門のあたたる犯しなすあひだ、その罪によりて、禁かふむること、人の与ふるにあらず。天の知らしむるところなり。いかでか、その責めをのがれん。許し出だすべからず」と言はれければ、火近づくにしたがひて、犯人、音をあげて、をめき叫ぶ。天にも聞こえ、地にも動くばかりなりけれども、つひに出さずして、さながら焼け死ににけり。
そののち、別当、失せられにける時、「かの獄囚の音、耳にあるがごとくに聞こゆる」とて、臨終も心よからずありけり。そのうへ、重資3)・師賢4)とて、中納言までなりたる、おはせしかども、その末、絶えにけり。
これまた、法の理といひながら、無下に慚愧なき心のほど、罪深く思ゆ。坂上允高5)が6)廷尉の職を辞して、かうぶりを賜はりけるは、様かはれりけり。
また、大理7)誰(たれ)とかや、犯人の、おのづから獄舎の下を掘りて、逃げ出づることあらせじがために、四面に土の底を、板を掘り入れて、立てられたりけり。この奉公の忠、さることなれども、「かやうまでの思ひはかりは、罪業の因にもや」と、よしなく思ゆ。
すべて慈悲、「刑の疑はしきは軽きにつくべし」のよし、法令の定めありとかや。されば、疑ひ犯すところの咎、なほきはめずして、その疑残らん輩におきては、君のため、世のため、させる苦しみあるまじくは、□□8)つけて、其罪をなだめ軽(かろ)めんこと、ひとへに徳政なるべし。あまねき慈悲なるべし。
楚国の王9)の、纓をまぎらかして、臣下の咎を隠し給ひけん、世に聞こえたる御情けなりけり。
また夏の禹王の御時は、「罪を行はざれは、天下、いましめがたし。行はんとすれば、人々10)、痛みしのびがたし」と言ひて、つねに泣き給へり。「時務策」といふ文には、「夏禹、罪に泣く」と申したるはこれなり。
また、殷の成湯11)は、四つの罪、三つを除きて、一つを行はれけり。「四面の網、三面をとく」といへり。その心、『史記』に見えたり。
されば、わが朝には、嵯峨天皇の御時より、死罪をばとどめられにけり。かやうのこと、もとより、その品(しな)上がれるは理なり。下れるものの中にも、その情けありけり。
翻刻
七十八後冷泉院御時源中納言経衡卿検非違使別当ニ
テ、十五年マテ使庁ヲ行ハレケリ、アルトキ左獄近ク
炎上アリテ、火既ニ獄舎ニウツリナントシケル時、検非違
使ノ犯人ヲ可出之由申ケレハ、別当ノ給ケルハ、御門ノ
アタタル犯シナス間、其罪ニヨリテ禁カフムル事、人ノ
アタフルニアラス、天ノシラシムル所也、争カ其セメヲノカ
レン、許シ出スヘカラスト云レケレハ、火近ツクニ随テ、犯人/k134
音ヲアケテオメキサケフ、天ニモ聞エ地ニモ動ク斗
ナリケレトモ、終ニ不出シテ、サナカラヤケシニニケリ、其後
別当被失ニケル時、カノ獄囚ノ音耳ニアルカ如ニキコ
ユルトテ、臨終モ心ヨカラスアリケリ、其上重資師賢ト
テ中納言マテナリタルオハセシカトモ、其末絶ニケリ、
是又法ノ理ト云ナカラ、無下ニ慚愧ナキ心ノホト、ツミ
フカクオホユ、坂上允高申廷尉ノ職ヲ辞シテカウフ
リヲ給ケルハ、様カハレリケリ、又大理誰トカヤ、犯人ノ
ヲノツカラ獄舎ノ下ヲ堀テ逃出ル事アラセシカタ
メニ、四面ニ土ノ底ヲ板ヲ堀入レテ被立タリケリ、/k135
此奉公ノ忠サル事ナレトモ、カヤウマテノ思ハカリハ罪
業ノ因ニモヤトヨシナクオホユ、
スヘテ慈悲刑ノウタカハシキハ軽可付ノ由、法令ノ定
メアリトカヤ、サレハ疑ヒヲカス所ノ咎ナヲ不窮シテ、
其疑ノコラン輩ニヲキテハ、君ノタメ世ノタメ、指セル苦
シミアルマシクハ□□付テ其罪ヲナタメカロメン事、偏ニ
徳政ナルヘシ、遍キ慈悲ナルヘシ、楚国ノ王ノ纓ヲマキ
ラカシテ、臣下ノトカヲカクシ給ケン、世ニキコエタル御ナサ
ケナリケリ、又夏禹王ノ御時ハ、罪ヲ行ハサレハ、天下
イマシメカタシ、行ハントスレハ、人ミイタミ忍カタシト云テ、/k136
常ニナキ給ヘリ、時務策ト云文ニハ夏禹罪ニナクト
申タルハ是也、又殷成湯ハ、四ノ罪三ヲノソキテ一ヲ被行
ケリ、四面ノ網三面ヲトクト云リ、其心史記ニミエタリ、
サレハ我朝ニハ、嵯峨天皇御時ヨリ、死罪ヲハトトメラレ
ニケリ、加様事、元ヨリ其シナアカレルハ理ナリ、クタレ
ルモノノ中ニモ、ソノナサケ有ケリ、/k137
