text:ise:sag_ise065b
第65段(2) この御門は顔かたちよくおはしまして・・・
校訂本文
この御門は1)、顔かたちよくおはしまして、仏の御名を御心に入れて、御声はいと貴くて申し給ふを聞きて、女2)はいたう歎きけり。「かかる君につかうまつらで、宿世(すくせ)つたなく悲しきこと。この男3)にほだされて」とてなん泣きける。
かかるほどに、御門聞こし召しつけて、この男をば流しつかはしてければ、この女のいとこの御息所4)、女をばまかでさせて、蔵に籠(こ)めてしをり給うければ、蔵に籠りて泣く、
海人の刈る藻(も)にすむ虫のわれからと音(ね)をこそ泣かめ世をは恨みじ
と泣きをれば、この男は、人の国より夜ごとに来つつ、笛をいとおもしろく吹きて、声はをかしうてぞ、あはれに歌ひける。
かかれば、この女は蔵に籠りながら、それにぞあなるとは聞けど、逢ひ見るべきにもあらでなむありける。
さりともと思ふらんこそ悲しけれあるにもあらぬ身を知らずして
と思ひをり。
男は女し逢はねば、かくし歩(あり)きつつ、人の国に歩(あり)きて、かく歌ふ。
いたづらに行きては来ぬるものゆゑに見まくほしさにいざなはれつつ
翻刻
このみかとはかほかたちよくおはし ましてほとけの御なを御心にいれて御 こゑはいとたうとくて申給ふをききて 女はいたうなきけりかかるきみにつかう まつらてすくせつたなくかなしきことこ のおとこにほたされてとてなんなき けるかかるほとにみかときこしめしつけ てこの男をはなかしつかはしてけれ はこの女のいとこの宮す所女をはまかて/s74l
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/200024817/74?ln=ja
させてくらにこめてしおり給ふけれは くらにこもりてなく あまのかるもにすむ虫のわれからと ねをこそなかめ世をはうらみし となきをれはこのおとこは人のくにより 夜ことにきつつふえをいとおもしろくふ きてこゑはおかしうてそあはれにう たひけるかかれはこの女はくらにこもり なからそれにそあなるとはきけとあひ/s75r
見るへきにもあらてなむ有ける さりともと思ふらんこそかなしけれ あるにもあらぬ身をしらすして と思ひおり男は女しあはねはかくしあり きつつ人のくににありきてかくうたふ いたつらにゆきてはきぬる物ゆへに 見まくほしさにいさなはれつつ 水のおの御ときなるへしおほ宮すむ所も そめとののきさきなり五条のきさきとも/s75l
text/ise/sag_ise065b.txt · 最終更新: 2024/01/18 22:58 by Satoshi Nakagawa