text:ise:sag_ise009d
第9段(4) なほ行き行きて武蔵の国と下総の国との中にいと大きなる川あり・・・
校訂本文
なほ行き行きて、武蔵の国と下総(しもつふさ)の国との中に、いと大きなる川あり。それをすみだ川1)といふ。その川のほとりにむれゐて、「思ひやれば、かぎりなく遠くも来にけるかな」と、わびあへるに、渡守、「はや舟に乗れ。日も暮れぬ」と言ふに、乗りて渡らんとするに、みな人、ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。
さる折しも、白き鳥の、嘴(はし)と脚(あし)と赤き、鴫(しぎ)の大きさなる、水の上に遊びつつ魚(いを)を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡守に問ひければ、「これなむ都鳥(みやこどり)2)といふを聞きて、
名にしおはばいざこと問はん都鳥わが思ふ人はありやなしやと
と詠めりければ、舟こぞりて泣きにけり。
挿絵
翻刻
なほゆきゆきてむさしのくにとしもつふさ のくにとのなかにいとおほきなる河あり それをすみた川といふその川のほとりに むれゐておもひやれはかきりなくとをく もきにけるかなとわひあへるにわたしも りはやふねにのれ日もくれぬといふに のりてわたらんとするにみなひと物わ ひしくて京に思ふ人なきにしもあらす さるおりしもしろき鳥のはしとあしと/s21r
あかきしきのおほきさなる水のうへに あそひつついををくふ京にはみえぬとり なれはみな人見しらすわたしもりにとひ けれはこれなむ宮こ鳥といふをききて 名にしおははいさこととはん宮こ鳥 わか思ふ人はありやなしやと とよめりけれはふねこそりてなきにけり/s21l
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/200024817/21?ln=ja
【絵】/s22r
text/ise/sag_ise009d.txt · 最終更新: 2023/11/25 18:33 by Satoshi Nakagawa